第86話誕生日

 ──◆◇◆◇──


「——あー……生きてんな」


 倒れていたニーナの元まで行って状態を確認したのだが、怪我をすることなく生きてた。


 どうやらニーナは、はしゃぎすぎたのか魔力の消費も相まって疲れて眠ってしまっただけみたいだ。


「遊び疲れて寝るとか、子供かよ……いや、子供だったな」


 とりあえず運ぶか。

 状況は落ち着いたような感じがするがそれでも完全に敵がいなくなったのかはわからない。

 寝ているニーナを襲撃しようとするかもしれないし、俺じゃあ襲撃から守れない。

 建物を壊される可能性はあるが、中に運んだ方がマシだろう。


 ああそうだ。一応佐伯さんに連絡も入れておかないとだよな。

 ここにはニーナがいるわけだが、どう考えても勝手に来たんだろうから。


 まあ、向こうでも把握してると思うから、本当に一応だけどな。


 場所は……医務室でいいか。

 防衛の事を考えると生き残ってる生徒と合流したほうがよさそうだが、俺たちがいると何かあった時に巻き込まれそうだし。


 そう考えて宮野達に知らせを送ってから俺はニーナを抱き上げて医務室へと向かった。


「んぅ……。……? ………………あ」


 ニーナを医務室のベッドに寝かせてからひとまずの守りを固め、それからようやく一息ついたのだが、しばらく休んでいるとニーナが目を覚ました。


 目を覚ましたニーナは、安心した子供のようなホッとした笑みで俺を見ている。

 どうやら、もう落ち着いた感じだな。


「ああ、起きたか。調子はどうだ?」

「悪くはありません。それどころか……」


 楽しげに小さく微笑むニーナ。


「ニーナ」

「あ……」


 そんなニーナを見た俺は、なんだか無性にそうしたくてニーナの頭に手を伸ばして優しく撫でた。

 ニーナはそんな俺の手を振り払うことも文句を言うこともなく、心地良さげに目を瞑っている。


 今まで、俺はこいつのこんな姿を見てきたことがなかった。

 俺が頭を撫でるなんてことをしてこなかったってのもあるが、そうでなくても変わったなと思える。

 それはこいつが変わったのか、それとも俺がニーナを見る目が変わったのか……多分後者だろうな。ニーナはずっとこんな『子供』だったんだろう。


「なんだか親子みたいですね」


 そんなことを考えていると、医務室の入り口から聞き慣れた声が聞こえてきた。宮野だ。

 そして宮野だけではなく、その後ろには他のチームメンバーの三人もいた。全員無事のようだな。


「あ——」

「んあ? ああ、来たか。状態は?」

「平気です。力の使いすぎでだるいですけど、怪我なんかは残りません」


 そりゃああれだけ派手な攻撃をしたんだ。普通ならまだしばらく寝たまんまでもおかしくない。


「……親子? 親子……」


 ニーナの反応はどうか、とチラリと視線を送ってみると、何を言っているかわからないが小さく呟きながら悩んでいる。


 まあ、無理に考えを遮ることでもないし、先にこっちの話を済ませるか。


「後ろの三人はどうだ?」

「うん。あたしも疲れはあるけど、寝てれば明日には動けるかな」

「私も、平気です。基本的に後ろで治してるだけだったですし……」

「魔力切れ。でも怪我はない」

「そうか。ならいい——いや良くねえ」


 見た目から無事だと分かっていたが、それでも改めて三人の返答を聞いて安心した。

 が、すぐに頭を振って宮野達を睨みつける。


「間抜けにも攫われた俺が言うことじゃねえが、なんでこいつに立ち向かってんだよ。前回言ったよな? 危なそうだったら自分の命を最優先にしろって」

「……えっと、それは、なんと言いますか……い、伊上さんを見捨てて逃げられなかったんです。ほら、仲間ですし?」

「そ、そうそう。仲間を見捨てるのは、ね。ほら、嫌じゃん?」


 宮野と浅田はなんだか弁明しているが、明らかに誤魔化そうとしているのがバレバレだ。


「私は止めた」

「なんだそうなのか?」

「ん。でも瑞樹と佳奈が意地張ってたから、仕方なく」


 安倍がそう言いながらジトッとした目つきで少し不機嫌そうに宮野達二人を見ているが、見られている二人はバツが悪そうに視線を逸らしている。


 北原は二人を見ながら困ったように笑っているだけなので、多分安倍と同じく逃げようとしたんだろうな。


「……はぁ。まあ、お前らはそういうやつだよな。知ってた」


 こっちはお前達が死なないように教えてるってのに……はあ。


「すみません。これからもご迷惑おかけします」

「わかってんなら止めてくれ。っつーか辞めさせてくれ」


 宮野はにこりと笑うだけで、浅田は視線を逸らしたまま答えない。


 だが、そうして沈黙が訪れるとすぐそばから何だかぶつぶつ聞こえてるのに気づいた。


 そういやあ、ニーナが何か考え事をしてたんだったか。

 でもそろそろ宮野達をニーナと話させたほうがいいよな。


「ニーナ。……ニーナ?」


 だが、俺が呼びかけてもニーナはぶつぶつと呟くだけでこっちを見ようとしない。こんなこと初めてだ。


「おい、ニーナ。だいじょ——」

「ふぁい! お父様!」


 少し心配になり、肩に手を伸ばしながらもう一度ニーナに声をかけると、なんか変な呼び方された。


「……お父様?」


 いつもとは違う……待て。そういやぁ、いつもってどんな呼び方されてたっけ?


 いや、そもそも、俺はこいつから名前なんかを呼ばれたことはあったか?

『あの人』って呼んでたのは聞いたことがあるが……直接俺を呼んだことはない?


 ……でもそうだとしても、なんでそれがここにきて突然俺のことを呼ぶようになったんだ?

 それに、なんでお父様?


「さっきから呟いてたみたいだし、気に入ったんじゃないの?」

「呟いてた?」

「瑞樹が親子みたいって言ってから、なんかこう……自問自答? そんな感じでね」


 ……ふむ、なるほど?


 つまり、なんだ。ニーナは俺に好意を持っていたが、対人レベルの低さからそれが家族に対するものなのか恋愛対象にするものなのかわからないで、とにかく俺が離れないように好意を向けていた。


 だが、その好意の分類や他人との距離感がわからなくて俺の名前やなんかを呼んでこなかった感じか?


 ありえなくはないだろう。

 もしかしたら今までは俺が距離を取ってたってのも理由かもしれないな。だから名前を呼んでもいいのか分からなかったのかもしれない。


 で、最近では俺が距離を取ることもなくなり、ニーナは自身の好意がさっき聞いた「親子みたい」って宮野の言葉で親として向けるのものだと認識したと?


 もしその考えが合ってるなら、一応の納得はできるな。


 こいつには親や家族なんて呼べるものはいなかったし、俺がニーナと会ったのはこいつが十二歳の時だ。


 まだ肉体的にも精神的にも幼く、情操教育を受けておらず情緒面が成長していなかったニーナが悩んだり迷走してもおかしくない。


 俺は前にニーナの思いは父親がわりに向けられているだけと言ったが、それはあながち間違いではなかったようだな。


「あっ、そうだ。これ、あんたのでしょ?」

「ん? ああ服と装備か。どうしたんだ?」

「探してきたの。いつまでもそんなかっこじゃまずいでしょ」

「……あー、だな」


 今更ながらに俺は自分が上半身裸ジャージ状態だったのを思い出した。

 よくよくみてみると、なんだか浅田達の視線がまっすぐ俺へと向けられていないことに気がついた。


 ……あれ? 女子高生の前で上裸の男ってやばくね? しかも下に履いてるのは女子のジャージだし。


 ……。

 …………。

 ………………。


 よし、気にしないようにしよう。気にしたところでどうにもならないし、これは非常時のあれだ。仕方ないやつだ。むしろパンイチよりはマシ!


 ……さっさと着替えよぅ。


 浅田から着替えを受け取った俺はさっさと着替えようと思ったが、急ぐあまりに宮野達がいるのを忘れていた。

 着替えようとジャージに手をかけたところで浅田に蹴られ、ようやくその存在を思い出して物陰にこそこそと移動して着替えた。


「——っと……ああ、あったあった」


 そして着替えを終えると装備の状態を確認していったのだが、そういえば、とカバンの中を調べると、底の方に求めていたものがあった。


「ニーナ。お前にとって自分が生まれた日なんてのは、めでたくもなんともないかもしれない。だが……」


 カバンの奥底にしまっておいたそれを取り出してニーナのそばへと戻ると、俺はそう言いながらニーナに先程取り出したものをその手に握らせた。


「だいぶ遅れたが、誕生日おめでとう。お前はこれから無闇に力を使わないって、力を使って人を傷つけないってちょっと前に言ってくれたろ? だからこれはそのための約束の証だ。今回のは、まあ仕方ないが、次は気をつけろよ。俺は、お前が人として、人の世界で生きられることを待ってるよ。約束だ」


 これは以前ニーナに説教をした後に買ったものだ。

 何を買えばいいのか分からずに悩んで一ヶ月以上経ってしまったが、まあいいだろう。


「それは特に魔法がかかってるわけでもないから簡単に焼けるぞ。だから、それを焼くなよ」


 渡したのはちょっとした髪飾りだ。


 本当はリボンかなんかにしようと思ったんだが、布製だとちょっとした事で燃えそうだったから悩んだ結果こうなった。


 特殊な魔法がかけられてるわけでも、珍しい素材を使っているわけでもないのであまり高価なものではないが、こいつの場合は下手に炎耐性とかつけない方がいいと判断してそうなった。


 まあ、誕生日の贈り物としてはこんなもんだろ。


「あ——」


 だが、ニーナは俺が渡した包みへと視線を落とすと、じわりと涙を滲ませていき、最終的には盛大に泣き始めた。


「あ、おい! 泣くな! 泣きやめ!」

「無理ですうううぅぅぅ!」


 確かにこいつの境遇から誕生日の贈り物なんてもらったことはなかっただろう。感極まって泣くってのも分からないこともない。


 だが、だ。だがしかし、こいつが感情に任せて行動すると……


「いや、無理じゃなくて、マジで! マジでやばいから! 炎が漏れてんだよ!」


 魔力が暴走して炎となって周囲に撒き散らされるんだよ!


「っ! わああああ! い、伊上さん!?」

「だ、だいじょうぶなの!?」


 だいじょうぶじゃない!


 しっかりとした魔法じゃないからそれほど威力も規模もないが、それでも普通にモノは燃えるし、俺も燃える。

 もちろん情熱とかそう言う感情的な意味ではなく物理的な意味でだ。マジで燃えてる。


「うあああああぁぁぁ!」

「おい待てっ! 焼ける! 約束したそばから俺が焼けるから! つーか灰になるから! 炎を消せ!」


 なぜか体から炎が漏れているにもかかわらず、自身の手に持っている俺からの贈り物は火の粉すらつくことなく完全に炎をよせつけていない。


 それなのに俺の方にはなんの異常もなく(?)炎がきている。


 そんな炎を撒き散らしながら泣いているニーナをどうにか泣き止ませているうちに、研究所からの応援がやってきて自体は収束した。


 今日は色々あったし、校舎は壊れ、生徒が何人も死んだ。


 だがそれでも、こう言っちゃあなんだが……俺の知ってるやつが死ななくてよかった。

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