第80話瑞樹:『勇者』の選択

 

 ——宮野瑞樹——


「ねえ、あいつ全然戻ってこないんだけど。連絡も途切れてるし……大丈夫かな?」


 浩介が一年生達の守っている陣を離れてからしばらくすると、その場を守っている生徒達にもある程度の余裕が出てきた。今では軽い会話程度なら余裕を持ってできるほどだ。


「伊上さん達は大丈夫よ、きっと。何せ私達でさえ束になっても勝てないんだもの」


 だが、状況が解決に向かっているのかと言ったらそう言うわけでもないようだ。

 余裕ができたと言っても今も変わらずに攻撃は続いているし、遠くからも戦っている気配を感じ取れた。


 そして、佳奈や瑞樹たちの仲間であり師である浩介もまだ戻ってきていない。

 そのことがまだ終わっていないという何よりの証拠だった。


「そう、だよね」

「ええ。それよりも、こっちの方が大切よ。伊上さん達が戻ってきた時、守れなかった、じゃ話にならないわ。ここを任せてくれたんだから、期待を裏切らないようにしないと」


 だがそれでも大丈夫だ、自分たちは生き残れる、と信じて瑞樹は友人であり同じチームの仲間である佳奈を勇気づけた。


「——ふうぅぅぅ……。ん、ごめん。ちょっと弱気になった」

「こんな状況だもの。仕方ないわ」


 深呼吸をして謝ってきた佳奈に向かって、瑞樹は気にするなと笑いかける。


 しかし、瑞樹は笑いながらもその内心は少し焦っていた。


 瑞樹は浩介のことを信じてるし、自分たちなら大丈夫だと思っている。


 だが、襲撃が行われてからもう四時間が経過したのだ。

 集中力も切れてきたし、疲労も溜まってきた。


 瑞樹たちのチームはまだ戦えるが、他のチームたちはあと数時間と経たずにまともに戦うことはできなくなるだろう。


「それにしても、いつまで続くのかしら」

「最初よりは弱くなってるけど、逃げる気配はない感じよね」


 故につい早く終われという想いが言葉として溢れてしまったのだが、幸いにもそれを聞いた佳奈は瑞樹の焦りには気づかなかったようだ。


「瑞樹!」


 そして、状況はそのままでは終わらなかった。


 普段なら声を荒げることのない安倍晴華が、今までにないほど焦った様子でみずきたちに駆け寄ってきたのだ。


「晴華? 何か異常でも——」

「だめっ! 来るっ!」


 瑞樹に縋り付くように制服を掴みながら、晴華は言葉少なに叫ぶ。


 だが、そんな晴華の様子を明らかにおかしいと分かりながらも、瑞樹は何が起きているのか、何をそんなに慌てているのかがわからない。


 走ってきた晴華の後から、追いかけるように柚子もやってきたが、彼女もなにが起きているのか、晴華がなにを考えているのかわかっていないようで困惑した様子を見せている。


 とりあえず詳しい話を聞かなければ、と瑞樹は困惑しながらも晴華に尋ねる。


「ちょ、ちょっと晴華? 来るって何が——」

「最強!」

「え?」

「世界最強が来る!」


 そんな大声で叫ばれれば、当然ながらその声は周囲のもの達にも聞こえてしまう。


 そんな晴華の言葉を聞いた生徒たちは救援が来たと喜ぶが、晴華の顔色は悪い。

 そもそも、本当に助けなのならば、晴華がこれほどまでに慌てる必要もないのだ。


 だが、生徒達はそのことに気づかない。


「なんでそんなに慌ててるの? 救援じゃな——」

「違う! 怒ってる! あれはだめ。本当にまずいの!」


 魔法使いは他者の魔力を視ることができるものだが、その力がずば抜けて高い晴華は、遠くの空に見えた魔力がこちらに向かっているのを、そしてそれがとてつもなく怒っているのを感じ取った。


「……でも、どうして?」

「わからない。多分コースケに何かあったんだと思う」


 ニーナが感情を露わにして怒るなんて、浩介の事しかない。


 そのことを理解していた晴華はそう判断し、そしてそれは正しかった。浩介のことで怒っていると言うことも、浩介に何かがあったということも。


「は? あいつが!? なら助けないと!」

「でも逃げないとまずいの!」


 晴華の予想を聞いた瑞樹だったが、そこで一緒に話を聞いていた佳奈が割り込んできた。


 死んではいないだろうけど、それでも危険な状況には違いない。ならば助けなければ!

 それは至極普通の考えだ。


 だが、普段なら通ったであろうその意見も、今は違う。

 晴華の剣幕に押され、佳奈は怯み、黙ってしまった。


「……まさか、このために伊上さんが狙われた?」


 浩介に何かあったのは、ニーナをここに呼び寄せるためではないか。

 呼び寄せ、『世界最強』にこの場所を攻撃させるために浩介を害したのだと瑞樹は考えた。


 瑞樹達はニーナとほんの片手で数えるほどしか会ったことがないが、それでも彼女が浩介に向ける執着は理解していた。


 故に、浩介が害された場合のニーナの行動を予想することができた。


 事実それは正しく、ニーナを怒らせて将来の冒険者と教導官としれ選ばれる程度には優秀な冒険者、そして何より、新たな『勇者』を殺すための策だった。


 ニーナに浩介のことを伝えた人形がわざわざいろんなことを喋っていたのは、ニーナを生徒を殺す方へと誘導するため。


 組織の目的は、ニーナの炎で生徒を、そして学校を消してもらうこと。


 そして、その炎で自身が助けようとした浩介も焼かせることで、ニーナの心を壊そうとした。


 自身の炎で浩介を殺したとわかれば、ニーナは狂うだろう。


 そして、そう仕向けた自分たち組織を恨み、復讐をする。周りにどれほどの被害が出ようとも。


 だがしかし、それだとおかしなことがある。

 元々ニーナを作った組織は自分たちの利益や享楽のために覚醒者を作ったのだ。だと言うのに、破滅につながる行動を取るのはおかしい。


 が、それは元々の組織の目的。今の彼らにとっては違った。

 今はニーナを生み出した組織は他の組織に吸収され、その目的を変えられていた。


 それこそが彼ら。世界の浄化を謳っている救世者軍だった。


 そこまで詳しく想像することなどできようもないが、それでもニーナが来ることまで敵にとって予定通りのこと。

 そしてニーナを使って大規模な攻撃をしようとしているという考えは間違っていなかった。


「……晴華。ニーナさんがここに来るとして、あとどれくらい時間があるの?」

「多分十分くらいはあると思う。だからその間にできるかぎり遠くに逃げないと」


 晴華はこちらに迫る強大な力の反応からして『十分』と判断し、逃げる提案をした。


 だが、瑞樹は周囲を見回してから晴華の言葉に首を振った。


「……ダメよ。みんなに言って守りを固めましょう」

「瑞樹!」

「みんながいるのよ。十分だけじゃ、みんなをまとめて逃げたとしてもそんなに遠くに逃げられないわ。それにそもそも、敵が易々と逃してくれるとは思えない」


 ただでさえ多くの人間が移動すると言うのは時間がかかることなのに、今は周囲を敵に囲まれた状態だ。当然、逃げようとすれば攻撃される。


 そこから逃げ切るにはかなりの時間が必要になるし、そもそも逃げ切れるとは瑞樹には思えなかった。

 今は陣地を築いているからこそ耐えていられるのだ。


「なら私達だけでも——」

「私は逃げないから」

「佳奈っ!?」

「だってあいつが残ってるじゃない。最強が怒ってるのだってあいつに何かあったからでしょ? 仲間を見捨てて逃げるなんて、そんなの嫌」


 佳奈の言葉も間違っているわけではない。

 命を預ける間柄である仲間を見捨てると言うのは、冒険者の中では最も軽蔑される行いだ。

 故に佳奈の答えは間違いではないのだが……。


 それでもこの状況を考えるとそんな佳奈の言葉に晴華はギリリと歯噛みしてしまう。


「瑞樹っ……!」

「私も、ごめんね」

「どう、して……っ!」

「だって、私は『勇者』だもの」


 勇者だからなんだと言うのか。

 そんなもの、他人から押し付けられた称号でしかない。

 命をかけるほどのものではないじゃないか。


 それが偽らざる晴華の心の中だった。


「それにね、私はあの人に憧れたの。なんだかんだ色々文句を言いながらも、困ってる人をみんな助けちゃう私たちの先生に。私は伊上さんみたいになりたいって思ったのよ。あの人ならきっと今回もみんなを助けるわ。だから、その背中を追ってる私がここで逃げるのは嫌かなって。……ごめんね」


 瑞樹は自分で言ったことのはずなのに、そう言い終えると真剣な表情から一転して困ったように笑った。


 あの時と同じ。後ろにいる人を守るために特級モンスターに立ち向かった時と同じだ。

 そんな顔を見てしまったら、そんな言葉を聞いてしまったら逃げろだなんて言えないではないか。


 これから死ぬかもしれない。それでもこの少女は——自分の友人は逃げないのだろう。

 だってそれが宮野瑞樹だから。


 そう理解した晴華は今にも泣き出しそうに表情を歪め、拳を握りしめて黙った。

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