第59話佳奈:尾行

 

 ——浅田 佳奈——


 一週間後。瑞樹達のチームは今日は学校ではなくダンジョンへと潜ってきたのだが、前に浩介が言ったようにダンジョン内でも時折ちょっかいを出していたので、瑞樹達四人は普段よりも疲労している様子だ。


「ねえ、今日……は、もう遅いか。なら明日ちょっと出かけない?」


 疲れていても遊ぶのは別なのか、それとも疲れを癒すために遊ぶのか、佳奈は解散の挨拶をするとそうメンバー達に告げた。


「すまんが、明日は昼から用事があるんだ。休ませてもらうな」


 その誘いの中には浩介も入っていたのだが、佳奈が浩介に目を向けると、浩介はそれだけ言って、じゃあな、と告げて帰路へとついた。


「伊上さんは用事みたいだし、私たちだけで行こっか」

「んー、そうねー」


 断られてしまったが、ならば仕方がないと瑞樹と佳奈は話し始めたのだが、そこに爆弾を落とす者がいた。


「……もしかして、前みたいに、女の人と一緒だったり?」

「っ!」


 そんな柚子の言葉に真っ先に反応したのは、やはりと言うべきか、佳奈だった。


「柚子……」

「バカ」

「え? ——あ」


 瑞樹と晴華からの言葉で、柚子は自身の無自覚な一言に気が付いたが、もう遅い。


「行くから!」

「行くってどこに?」

「……街! そういう話だったじゃん!」


 瑞樹の問いかけに佳奈は悩んだ様子を見せるが、それも当然だ。

 何せ佳奈達は、浩介が誰とどこに行こうとしているのかどころか、どこに住んでいるのかすらも知らないのだから。


 しかし、考えても仕方がないと、前回晴華が浩介を見かけた場所に行こうと考えた。


「それにもしかしたら……そう。もしかしたらあいつに会うかもしれないけど偶然だから! ただ街で偶然会うだけだから!」


 そんな言い訳を口にしている佳奈を、瑞樹達は若干呆れたような目で見ながらも放っておくわけにはいかないと同行することを決めた。





「いた!」


 そして翌日。

 学校が終わると佳奈達はすぐさま駅前へとやってきていた。

 本当は学校なんて休んで探したかったと言うのが佳奈の本心だったが、そうすると自分が浩介に執着しているように思われてしまうかもしれないから、と思いとどまった。


 まあ、執着していることなどすでに仲間にはバレているわけだが。


「あいつ、やっぱり仕事なんかないじゃない……!」


 そんなこんなで学校が終わった後すぐさま街へと繰り出した佳奈達だったが、デートと言ったら映画! と言う謎の自信をもとに映画館の入っているビルの前へと向かった。


 そしてビルの入り口に辿り着いた後はこの後どうするか話し合っていたのだが、その途中、タイミングが良すぎるほどに良く、浩介を発見することができた。

 その隣に女性を引き連れた状態で、だが。


「まさか、本当に見つかるなんて……」

「もともと、誰も伊上さんの家の場所すらわからなかったんだから仕方ないけど、行き当たりばったりだったもんね」

「考えなし」

「う、うるさい。いいじゃない、見つかったんだから。それより、追わないと見失っちゃう!」


 仲間の三人から溢れでた言葉を聞いた佳奈はわずかに頬を赤く染めながら、女性と歩いている浩介の背を指さしている。


「ふふん。あんたの教えたダンジョンでの潜伏技術、今こそ使ってやるんだから」


 佳奈はそう呟くと、ダンジョンに潜る時と同じ気分で警戒しながらも、不自然な動きにならないように浩介の後を追い始めた。


「なんだか力の使い方が間違ってる気がするわ……」

「同感」

「で、でも、ここまできて、気づかれちゃうのもまずいよね?」


 瑞樹と晴華は呆れているが、柚子の言葉も正しくもある。


 バレたところでなんらかの罰則があるわけでもないのだが、親しいとは言っても友人でもなんでもない間柄の相手のプライベートを無断で尾行したことがバレるのは、あまりいいことではない。

 ともすれば、今の関係が壊れてしまうかもしれない。


 故に、瑞樹と晴華は柚子の言葉に頷くと、先行している佳奈の後を追って歩き出した。


 ——のだが……


「……なんか、微妙そうな顔してるね」

「やっぱり、望んでの行動じゃないんじゃないかしら?」


 ほんの数分ほどしか尾行していないが、それでも浩介はその間中ずっと難しい顔をしている。

 隣の女性がニコニコと笑っているだけに、浩介のその様子は際立ってしまっていた。


「ってかさぁ、なんかどんどん中心から外れてない?」

「もう帰るのかな?」

「それは早すぎない? まだまだ時間あんでしょ?」


 佳奈達が浩介たちのことを尾行していると、浩介たちは徐々に街の中心から外れる方へと向かっていった。

 そちらに何があると言うわけでもないので、その様子を見ていた佳奈達は何をするつもりなのかと小声で話し始めた。


 だが、佳奈たちが浩介たちの様子を見ていると突然浩介が女性の手を引いて道を外れて脇道に入ると、何事かを話し始めた。


 そして……


「……泣かせた」


 浩介が女性に何かを話すと、女性はポロポロと涙をこぼし始めた。

 この場面だけ見ればまるで別れ話を切り出されたかのようにも思えてしまうだろう。


「でも笑ったわね」


 これには佳奈達も驚くが、だが再び浩介たちが何事かを話すと、女性はまだわずかに涙をこぼしつつも笑顔で頷いた。


「なんだか、さっきまでの伊上さんの顔を見てるとわかんないけど、あそこだけ見てると、普通に仲良さそうな感じするね」

「そうね。伊上さんもさっきまでと違って優しそうな表情してるわ」

「ぬぐっ……」


 そんなことを話していると、浩介たちはベンチから立ち上がり少し歩いた後、近くにあった洋菓子店へと入っていった。


「え?」

「こっちを見た?」


 ——のだが、その瞬間、ダンジョンと同じように身を潜めていたはずの佳奈達に気づいたかのように、女性が佳奈達の方へと視線を向けた。


 しかし、女性はすぐに興味をなくしたかのように視線を前へと戻して店の中に入っていった。


「……今、確かにこっちを見てたわよね?」

「う、うん。そうだと、思うけど……」


 なぜあの女性が自分たちの方を見たのか、佳奈達にはわからなかった。

 ダンジョンにおける姿の隠し方は嫌と言うほど浩介から教えられていたと言うのに、まさか気付かれたのだろうか?


 そんなふうに驚いていた佳奈達だが、そのことについて話し合うことはできなかった。

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