第56話年始のお話し
──◆◇◆◇──
「「「あけましておめでとうございます」」」
「ああ。あけましておめでとうございます」
そんなこんなで年が明け、俺は約束通りに宮野達チームメンバーと共に初詣に来ていた。
なのだが、なぜか浅田は顔を合わせてもまともにこっちを見ようとしないで、新年の挨拶すらしなかった。
別に、年上に対してしっかりと挨拶をしろ! なんて言うつもりはないが、こいつが挨拶をしないってのは気になった。
普段の態度は雑というかアレな感じだが、こういうところではしっかりするやつだと思ってたんだがな。
もしかしたら体調でも悪いのだろうか?
「ね、ねえ。あんたさ……」
「ん? どうした?」
「……なんでもない! あけましておめでとう!」
吐き捨てるようにそう言うと浅田はプイッと体ごと顔を背けた。
なんなんだ? と思いながら俺は他のメンバー達に視線を向けるが、全員視線を逸らしたり苦笑いしたり無表情だったりとおかしな様子で何も教えてくれない。
あ、いや、安倍が無表情なのはいつものことといえばいつものことだな。
「わけわからんが、まあいい。行くぞ」
だがわからないからと言ってこの場にとどまっているわけにもいかないので、俺はそう言うと参拝の列に向かって進み始めた。
「ねえ。これ、お参りってほんとに神様いるの?」
「佳奈ったら、参拝しておいて今更そんなこと聞くの?」
「ばちあたり」
「そうなんだけどさぁ……」
「うーん、で、でも佳奈ちゃんの言いたいこともわかるかも。だって、こんな世界なんだし、実はゲートは神様のところに繋がってた、って可能性もないわけじゃないよね?」
三十分ほど参拝の列に並び、お参りを終えて少し離れると、背後からそんな会話が聞こえた。
「ゲートは神話の世界に繋がってるって説はあるぞ」
「え、そうなんですか?」
「まあ、説だけで実際のところはどうなってるかわからないけどな。何せ誰も解明できてないわけだし」
ゲートがどこに繋がっているのかなんて誰にもわからないのだから、神話の世界が実際にあってそこに繋がっていたとしてもおかしくはない。
もっと奇抜な説だと、生物の夢に繋がっているというものもある。あそこは文字通り『夢の世界』何だとか。
それに比べたら幾分か神話世界の方が納得できるだろう。
「そんなことより、参拝が終わったんだから帰るぞ」
「はあ? なに言ってんのよ。ちょっと周りを見てみなさいよ」
周囲を見ると、参拝の列の両脇にいくつもの出店が並んでいた。
「……奢れってか?」
「わかってんじゃん!」
「お前ら、俺にたかる気かよ」
「こんな時くらい甲斐性を見せてよね」
「お前らに見せる必要はないと思うんだが……まあいい。少しくらいなら奢ってやる」
奢る気になったのは単なる気分だが、強いて言うのならこの間のニーナの対応でもらった報酬を少しでも使いたいと思ったからかもしれない。
あれは、あの子を騙している気がしてあまり気分のいい金じゃないからな。
「え? ほんと!? やった!」
「いいんですか? 佳奈も冗談で言っただけですし、奢ってもらうなんて……」
「いいさ、これくらい。お前達はヒロ達みたいにダンジョン後に毎回飲み会とかしてないから金はそんな使ってないしな」
俺がそう言うと、本当に奢ってもらえるんだとわかった浅田、それから安倍は北原の手を引いてすぐそばにあった屋台へと突き進んでいった。
「なんだかすみません。催促してしまって」
そんな中、宮野だけがその場に残って申し訳なさそうな顔で謝っているが、たまにはこいつも気楽にしてもいいと思う。
「いや。言ったろ、問題ない。お前もたまには気を張らなくていいんだ。少しはあいつらを見習え。……まあ、見習われすぎると問題だがな」
「ふふっ、そうですね。頼れって言われたことですし、頼らせてもらいます」
「この程度の可愛らしい金で解決できるようなことだったらいつでも頼ってくれて構わねえよ。まあ、そう頻繁にだと俺が破産するから手加減して欲しいけどな」
そんな冗談を言ってから、俺たちはすでに注文していた浅田達の元へと歩いて行った。
──◆◇◆◇──
「伊上さん、本日はありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
「またよろしく」
「新学期の始まり、忘れないでよね」
「ああ。お前ら、休み明けにはダンジョンに潜るんだから、あんまり怠けすぎんなよ。せめて毎日の体操くらいはしておけな」
初詣と屋台巡りを終えた俺たちはバスに乗って帰ったのだが、学校前で降りる宮野達とそう短く挨拶を交わし、今度は俺一人でバスに乗って自分の家へと向かった。
「ん? ——はいもしもし?」
そうして家に着くと、ちょうど玄関が閉まったタイミングで電話が鳴った。
誰だ、と思って画面を見ると、結婚して地元を離れた姉からだった。正月のあけおめコールだろうか?
『ああ浩介? ちょっと相談があるんだけど』
「なんだ? あけましておめでとうよりも重要なことか? そっちに行けってんならお断りだぞ」
正月の挨拶かと思って出たのだが、挨拶などまったくなくいきなり相談とか言われたので、ちょっと棘を込めて返事をした。
『あ、ああ、あけおめ。で、相談ってのは違うこと。そうじゃないって。どっちかっていうと、こっちに来て欲しいんじゃなくて、むしろこっちが行くっていうかね?』
「……つまりなんだ?」
『えっと、ほら、咲月が今度高校に上がるんだけど、あの子覚醒したでしょ?』
「……ああ。そういえばそのことで相談されたな」
咲月ってのは、姉の娘で、つまり俺の姪だ。何年か前にその姪が覚醒したと話を聞いて、その時も相談されたんだったな。
『うん。で、今度高校は冒険者学校に行くことになってるんだけど、春休みに一度あんたんところにやらせてもいい?』
「は? まて。なんで俺んとこに? 東京見学の宿代わりか?」
『違う違う。あ、いや、本人はその気もあるみたいだけど、私としては違うの』
考えつく可能性としてはそれくらいなもんだったんだが、違ったか。
だが、だとするとなんだ?
今の言葉、最後の方で嫌に真剣な感じがしたが、何かあるのか?
『……咲月、覚醒したけど二級なの。知ってるでしょ?』
「ああ」
『一級や特級だったらまだ安心できたんだけど、二級……それも三級に近い二級となると、無茶なことが起こらないか心配なの。あんたなら教師よりも詳しくその辺のあれこれを教えられるでしょ? だから、せめて何かが起こる前にあんたから最低限だけでも直接教えておいて欲しいの。あんたなら、下手な教師なんかよりも信じられるから』
「そりゃあまあ、出来るかできないかで言ったら出来るが……」
実際今も学生を教えてるわけだしな。
むしろ、一級や特級を教えるよりは二級を教える方が合ってるといえば合ってる。
『お願い。あんたにこのことを言っていいのかわかんないけど……私はね、あの子に死んで欲しくないの。美夏ちゃんが死んだ時のあんたを見てて、そう思ったの』
「っ! ……お、俺は春休みん時には冒険者を辞めるんだぞ?」
『それでも、溜めた経験と知識は無くならない。私じゃなにも教えられない……困ったときにはどうすればいいのか、生きるにはどうすればいいのか、なにも教えてあげられない。何かあった時に頼る相手にもなってあげられない。あんたは嫌がるかもしれないけど、それが咲月が生き残るためになるの』
その声には最初に電話してきた時よりも固いもので、それだけ姉が姪——自身の娘のことを考えているのだと分かり、俺は断ることができなくなった。
……どうせ、春休みの短い間だけだ。それくらいなら構うことでもないだろ。
「……わかった。よこしてくれて構わないし、こっちでも気にかけるよ」
『ありがとう。また日にちが決まったら連絡するね』
俺が了承したことで安堵したのか、少し柔らかくなった姉の声を最後に、俺は電話を切った。
子供、か……。
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