第53話佳奈:十二月二十五日
──◆◇◆◇──
そうして時々授業に参加したりダンジョンに潜ったりしながら日々は過ぎていき、ついには今年最後の活動日も終わりとなった。
「それじゃあ伊上さん、今年はこれで終わりとなりますが、また来年よろしくお願いします」
「約束忘れないでよ!」
「あ、ありがとうございました」
「良いお年を」
「おう。元気でな。良いお年を」
今日は今年最後だからか、四人は学校の正門まで俺を見送りに来てくれた。
宮野達から挨拶を受けて俺は片手を上げながら返事をすると、宮野達に背を向けて自宅へと向かうバスに乗り込んだ。
これで次に会うのは年明けだ。
そして年明けに再会したら、学校が始まるまでまたちょっとした休みがある。
そっからはいつも通りに授業に参加しながらダンジョンに潜ったりして、適当に俺の知識や経験を教えていけば、三ヶ月もすれば今のチームでの活動も終わりだ。
にしても、また三ヶ月、か。今度こそ三ヶ月で終わるんだろうな?
そんなことを考えながら宮野達と出会ってからの数ヶ月を思い出していくが、一番強い思い出はあの時の特級モンスターだ。まさか今年も出会うとは思わなかった。
思い出しているうちにバスは家の近くに停まり、そこで降りると俺は自宅のアパートへと向かって歩いていく。
「もう今年も終わるのか。早いもんだ」
そう呟いてなんとなしに空を見上げてみると、不意に思い出したくない、もう忘れてもいいはずの記憶が、想いが蘇ってきた。
「……いや、どっちだろうな? アレからまだ十年経ってないって考えると、遅すぎるのかもな」
時間ってのは残酷だ。流れてほしくないのに流れていき、全てを風化させる。
物も、記憶も、想いも、全部をだ。まるで心を蝕む病みたいに。
だってのに、そのくせやたらと時間が経つのを遅く感じる。そのせいで余計に苦しむ羽目になる。
「なあ、どっちだと思う?」
近くには誰もいないはずだ。
だがそれでもそこにはいない誰かに問いかけるように声を吐き出した。
……答えなんて、返ってくるはずがないのに。
「どうして、死んじまったんだろうなぁ」
悲しいはずだ。悲しいことだったはずだ。あの時は現実を認めたくなくてずっとずっと泣き続けたはずだ。
だってのに、もう涙が流れてこないのは……どうしてなんだろうな?
「やっぱ、冒険者なんてクソだ。ああ。だから、今度こそ辞めてやる」
そう自分に言い聞かせるように呟いて、俺は再び家へと歩き出した。
——浅田 佳奈——
十二月二十五日の今日。学校は休みを迎え、学生である安倍晴華と、北原柚子の二人も休日を過ごしていた。
二人は友人であり同じチームのメンバーでもある宮野瑞樹と浅田佳奈との集まりを約束しているのだが、その前に二人で買い物のために駅の周辺に来ていた。
「ん?」
この辺ではそこが一番店が多く並んでいるからなのだが、晴華はそこで何かを見つけ、立ち止まって首を傾げた。
「晴華ちゃん?」
「……気のせい?」
柚子が突然立ち止まった晴華へと声をかけるが、晴華は視線を別の方向へ向けたまま動かない。
「どうかしたの?」
「ん……今、コースケがいた」
心配した柚子が晴華の顔を覗き込むと、ようやく晴華は意識を戻し、自身の見たものについて話した。
「あ、そうな——」
「女の人と一緒に」
「——んだ……え?」
が、その後に続けられた言葉は、なんだか波乱を呼びそうなものであった。
「そ、それってどういうこと!?」
「落ち着いて、佳奈」
二人は買い物を終えると約束の時間に寮にある浅田佳奈の部屋へと行った。
そして、今日見たものについて話したのだが、その結果がこれだ。話を聞き終えると突然佳奈が叫んだのだ。
「……相手はどんな奴だったの?」
瑞樹は佳奈を宥めると、佳奈が叫んだ原因を持ち込んだ晴華へと問いかけた。
「黒い長い髪をした女の人」
「そう……あら? でも伊上さん、確か用事があるって言ってなかったかしら?」
晴華の言葉で一瞬場に沈黙が訪れたが、ふと以前浩介とした会話を思い出した瑞樹が思わずそんなことを口にしてしまった。
「デート?」
「でも、伊上さんって彼女はいないって、前に言ってなかったっけ?」
「そうね。でも、あの人そういうことを大っぴらにいう人じゃないし、隠してた可能性もあるんじゃないかしら?」
以前浩介は二十五日、つまり今日は予定がある。だが自分には恋人はいない。というようなことを言っていた。
だというのに今日の件はどういうことだろうと、話し合っていく。
「もしくは仕事?」
「デートが仕事ってこと?」
「デートが仕事なのか、仕事でデートなのか……どっちだろう?」
話し合うと言ってもさほど真剣なものではなく、女子高生としての話の一つだ。そのうち話は適当にまとまって次の話題へと移るだろう。
まあ、浩介は彼女達にとってそれなりに身近な人物なので、その話題はそこそこ盛り上がるだろうが。
だが、そう易々とは話を流すことができない者もいた。
「ど、どこで見たの?」
と、そこで佳奈を除いたチームメンバーの三人は思い出した。あ、やべえ、と。
本人は気にしていないと言い張っているし、相手——浩介も気づいていないが、それは間違いなく……いや、もしかしたら佳奈本人も自身の感情に本当に気づいていないのかもしれない。
だが佳奈が浩介に好意を持っていることを他の三人は知っていた。何せあからさますぎるのだ。これは気づかない方に問題があるとも言える。
実際に浩介にはある問題があるわけだが、それは瑞樹達はあずかり知らないことだ。
だがまあ、そんな佳奈の前でこんな話題を出せば、どうなるかなど、どう思うかなど簡単に想像できたはずだった。
それでも晴華たちが浩介のことを話題にしたのは、晴華たちにとって浩介は先生であり、父親のような雰囲気さえ感じることがあるからだろう。
しかし佳奈にとっては違った。
晴華は佳奈の問いに嘘をついたり誤魔化したりすることもできたし、諭すことだってできた。
「駅の北口。すぐに見失ったけど」
だがここで嘘をついたり誤魔化したりするのは友人として不義理ではないかと考えた晴華は、素直に答えることにした。
「ぬ……ぐ……」
「でも伊上さんも恋人くらいいてもおかしくないわよね。最初は壁を作ってたけど、本心の部分はすごくいい人だもの」
「そうだよね。渡辺さん達も結婚してるみたいだしね」
晴華の答えに佳奈はなんと言っていいのかわからないようで言葉に詰まっていたが、瑞樹は佳奈が変に浩介にヘイトを向けないようにと話を続け、柚子もそれに乗っかった。
まあ、柚子の場合は何も考えずに話に反応しただけかもしれないが。
「でも、結構若いかも?」
が、話はそれで終わることはなく、そこに晴華が燃料を投下した。
「わ、若いってどれくらい?」
「……二十前半くらい? ……ん、もうちょっと若いかも?」
「ど、どうしよう……」
晴華の言葉に、目に見えて狼狽始めた佳奈。
そんな佳奈の様子を見ていた瑞樹は、口元に手を当てて少し考え込むと深呼吸をしてから佳奈へと話しかけた。
「……実際のところ、佳奈はどう思ってるの?」
「……なにが?」
「伊上さんのこと。わかってるでしょ?」
「どうって、そんなの……」
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