第52話漫画は教科書
「っはああぁぁぁぁ〜〜〜……つっかれたあ!」
授業が終わり、幾度と重ねた他チームとの戦闘訓練浅田は、疲労感を滲ませた声で地面に立てた大槌に寄りかかりだらけた様子を見せている。
「まだ多少の余裕はあるけれど、やっぱり、というか当然というか、私たちだけじゃなくて他のみんな強くなってるものね」
「うん。なんていうか、動きが最初の頃とは違うよね」
「まあ、他の奴らもそれなりだな。まだまだ甘いところはあるみたいだが、それでもプロとしてやっていけないこともない」
とはいえ、やっていけないこともない、ってだけで、問題なくやっていけるってわけじゃない。
今の状態で教導官なしでダンジョンに潜ろうとしたら、この中の何チームかは死ぬだろうな。
この辺の出来の悪さ……って言ったらあれだけど、生徒達の冒険者としての完成度の低さは、教える者である教導官自身がそれほど冒険者として活躍していないから故の未熟さからくるものだろう。
純粋な戦闘なら力はあるんだろうけど、所々に警戒心の薄さやなんかが見て取れる。
まあこれはここにいる奴らの階級が高いことも関係しているんだろうけどな。
たいてい若者ってのは自身の力を過信する。俺も経験があるからわかるんだが、うまくいってると多少の不都合から無意識のうちに目を逸らすんだ。
そして普通なら失敗をして学んでいくんだが、こと冒険者においては話が別だ。
ダンジョンで失敗なんてすれば、その失敗がどれほど些細なものであっても死ぬ可能性がありすぎるほどにある。
「あ、甘いって、例えばどんなところがですか?」
「んあ? ああ、あいつ戦闘のことしか考えてないんだよ。戦って勝つ。それだけならまあまあだが、その後のことを考えてない。冒険者ってのは目の前の戦いだけをこなせばいいってわけじゃないからな」
でも、こいつらは大丈夫だろうな。甘いところがあるのは確かだが、それでも最低限は教えた。
この間みたいに変に義侠心とか正義感とか出さなければ問題ないだろう。
問題はその正義感ゆえの行動はどう足掻いても俺じゃあ押さえつけられないところなわけだが……。
はぁ……問題があっても問題にならないように鍛えるしかないか。
正義感で誰かを助けるって行為それ自体は悪い者じゃないんだから、否定することはできないしな。
「それに、動きが固いんだよ。これはお前らもだがな。ああ、体の柔らかさ的な意味じゃないぞ? 動作の人間臭さとでも言えばいいのか?」
「何よ人間臭さって……人間なんだから当たり前でしょ」
「そうだけどそうじゃねえっつーかな……」
なんて言ったものかねぇ。んー、そうだなぁ……。
「お前ら漫画とか読んだりするか?」
「漫画、ですか? いえ。たまに友人に渡されたのを読んだりはしますが、自発的に買ったりはしません」
「わ、わたしもです」
宮野と北原は読まない、と。まあそんな感じはした。
というか、そもそもこいつら全員読まないような感じはしてるんだよな。偏見かもしれんけど、女の子だし。
「ま、今じゃ世界そのものがこんなお話の中みたいな世界に変わっちゃったからねー。漫画なんて読まなくても不思議なことは周りにあるっていうか……あ、でもあたしは読むかな」
「わたしも読む。魔法の参考になるから」
だが俺の考えに反して浅田と安倍は読んでいるようだ。
浅田は、まあ理解できるといえばできる。
安倍が漫画を読んでる理由は、割と俺が言おうとしたことそのままだった。
「ほーん……だからか?」
「なにがですか?」
「ん? あー、体の動かし方っていうのか? 戦い方がな、そっちの二人は固いんだよ」
「それって、今言った人間臭さってやつですか?」
「ああ」
宮野の戦い方は基本に忠実だ。教えをしっかりと守って無難に立ち回っている。それは北原も同じだ。
だが、浅田と安倍は違う。
安倍は魔法系なので動きそのものは北原と同じように教え通りなのだが、その使っている魔法は教科書には載っていないようなものを使うことがある。
そして顕著なのは浅田だ。そもそもの戦いからして重量武器を持って敵陣に突っ込むとかセオリーを無視している戦い方だ。教科書ではそんな戦い方を推奨していないし、教師も教えていないだろう。
だが、それでも無理して武器に振り回されているのではなく、型にはまらない動きで綺麗に動いている。
「そこの猪娘も言ったみたいに、「ちょっと、猪娘って誰のことよ」今の世の中は漫画だとかアニメだとか、おとぎ話の世界になってる。で、そこで戦ってる俺もお前らも御伽噺の登場人物なわけだが、お前たち二人はまだ『普通の人間』をやってる」
「普通の人間……」
「それが悪いとは言わんが、漫画も現実も、同じ御伽噺の世界になったんだ。だったら参考になる部分もあるだろって話だ。安倍はさっき自分でも言ってたが、魔法の参考にしてるし、こっちの猪ゴリラも、多分無意識領域下で参考にしてる」
「だ、だから佳奈ちゃんはたまにすごい動きをするんですか?」
「猪ゴリラってところに反応してよ、柚子……」
浅田が北原のことを少し悲しげというか、気落ちした様子で恨みがましく見ているが、北原の言っていること自体は正しい。
「まあ、元々の才能もあるだろうけどな」
「……つまり、漫画を読んで参考にしろ、と?」
そんなふうに問いかけてきた宮野の言葉に、俺は頷きながら言葉を続ける。
「ああ。漫画に限らず創作物を、だな。人の想像できるものは世界のどこかに存在していてもおかしくない。なら、漫画やアニメに出てくる敵が実際に存在していてもおかしくないし、その通りの攻撃をしてもおかしくない。現にドラゴンなんてのや異形の化け物なんてのがいるんだしな」
ドラゴンに遭遇したことはあるが、初めて遭遇した時であってもその攻撃はほぼ想定通りの動きしかしなかった。
尻尾や爪での攻撃に噛みつき。それから『ブレス』なんて口から吐かれる魔法的ビーム。それとちょっとした魔法を使っただけだ。
予想外は魔法による攻撃だったが、想定外ではなかったし、それだってパターンが割れればあとは作業だった。
……とはいえ、それでもその場には勇者がいたからなんとかなっただけで、俺は死ぬかと思ったけどな。
実際俺だけだったら死んでたと思う。攻撃力足んなくて鱗に傷つけることできなかったし。
「だからそういう可能性を知っておくことは、未知の敵に遭遇した時に役に立つ。敵だけじゃない。知性を持った者の悪意ってのは似たり寄ったりだからな。罠や仕掛けなんかにも対応するときに役に立つ」
「ん。役に立った」
「と、経験者も語ってるし、後で機会があったらいくつか読んでみろ」
「はい」
「わかりました」
そう言って言葉を締めると、宮野と北原は真剣な表情で頷き、返事をした。
……今更だが、こいつらは素直でいい子だよな。生徒の全員が全員こんな素直に聞き入れてくれるわけじゃないし、教える側としては間違いなく当たりだと思う。
「さて、じゃあ次の授業に——いたっ! てめえなにしやがる」
「ふんっ。人のことを猪だとかゴリラだとか言った罰よ!」
俺の脚を軽く蹴った浅田は、そう言うと背を向けて歩き出した。
俺はそんな様子に肩を竦めると、置いていかれまいと宮野達とともに浅田の後を追い始めた。
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