第45話さっさと俺を解雇しろ!

 

「さて、これでお前たちとの契約も終わって、晴れて俺も冒険者としての『お勤め』が終わるわけだが……どうすっかなぁ」


 そして時間が経ち、いい感じに酒が入った俺は酒を片手にそんな事を口にした。

 普段はこんなに飲まないが、まあ今日くらいはいいだろ。


「あ? ……とりあえずチーム離脱申請だろ? それやんねえといつまでもチーム登録されたままだぞ?」

「あー、そういやあそうだったな。…………めんどくせぇ」


 手続きをしなければいつまでも宮野たちのチームに所属することになるのだから、できるだけ早いうちに取り消さないといけないんだが……手続きってめんどくさいんだよなぁ。


「ははっ、お前こういう申請苦手だよな」

「苦手っつか……訳わかんないんだよな。もっと簡潔に書けよって思うんだよ、無駄にゴチャゴチャしやがって、ってな」

「まあ、それがお役所仕事っていうか、そういう仕様だな」

「はぁ……まあしかたねえか」

「ま、今日は楽しめや」

「俺の金だけどな」


 だがまあ、そんな手続きも後で考えればいいか。今考えることじゃないだろ。


「ん?」


 そう思って酒を口に運んだんだが、なぜか隣に座っていた宮野が俺の服をちょこんと掴んできた。なんだ?


 ……っと、そうだそうだ。すっかり忘れてた。


「あー、そういやあお前に言ったおかないといけないことがあったんだ」

「? 言っておかないといけないこと、ですか?」

「ああ。……なんだ、勝たせてやれなくて悪かったな」


 俺は宮野達に勝たせてやると言ったが、結局あの戦いはお嬢様チームに勝たせてやることはできなかった。


 ゲームの途中まではよかったんだが、あの巨猿と戦ったせいで宮野チームは浅田、安倍、北原の三人が治癒の結界が作動してリタイア扱いとなっていた。そのせいでこっちは俺と宮野の二人しか生存判定がされなかった。


 それに対して、お嬢様チームはお嬢様本人と宝を守っていたやつと、最初に浅田にぶちのめされたもののリタイアしなかった奴とで合計三人生き残っていた。


 時間切れでどちらのチームも宝を見つけられなかった場合は、その時の生存人数の多い方が勝つことになっている。


 つまり、二対三で俺たちの負けだった。


 あんな奴が出てきたのに、と思うが、モンスターとの戦闘もゲームのうち。それはイレギュラーができた場合でも変わらない。

 これであいつを倒せなかったらノーゲームになったんだろうが、倒しちまったからなぁ。


 まあ、また後日再試合、ってなると進行に歪みが出るからそれで通したのかもしれないけど。


「いえ、あれは仕方ないと思います。それに、結局今のチームでやっていけることになりましたから、勝敗自体はどうでもいいんです」


 ただ、俺たちは負けはしたが、宮野の言った通り宮野のチームの移籍の話は無しになった。

 どうもあの戦いの後お嬢様と話をしたらしいのだが、その時に謝罪とともに勝負の無効化を言われたらしい。


 その辺の詳しいあれこれは聞かないが、まあ無事に終わったんならよかった。


「そうか」

「はい」


 そこで話が途切れたので、俺は言いたかったことは言ったし何か頼もうかとメニューをとって視線を落としたのだが、悩んでいると不意に宮野が呟いた。


「……伊上さん、本当に辞めちゃうんですか?」

「ん? ああ。金も結構稼いだし、細々と暮らす分にはもう働かなくてもいいくらいなんだ。あとは適当にそこそこの仕事してりゃあ困ることはないからな」


 結局行事での成績を残して褒賞、って話はダメだったけど、まあ元からなくても暮らしていけるだけの蓄えはあった。

 ぶっちゃけまともに働かないでも、実家の畑で自分が食べる分だけ作っていくんだったらなんとかなる。


「……そう、ですか」

「そんなこと言わずにさ、もうちょっと一緒にやらない? ほら、あんたとの冒険もそれなりに楽しかったし……ねえ?」

「そ、そうですね……色々とためになるお話も聞けましたし……」

「ん。まだまだ聞きたいことも師事したいこともある」


 俺たちの話が耳に入ったのか、宮野だけではなく他の三人も俺を引き止めるべく話に入ってきた。


「無理だ。俺は辞める」


 それでも俺は辞めるんだ。このまま続けていたら、きっとまた誰かの死に遭遇する。それは嫌だ。


 俺は自分が辛いことは嫌いだ。苦しいのも痛いのも、そして悲しいのも全部嫌いだ。


 ……だが、自分が怪我をすることよりも、自分の知っている誰かが死ぬのがたまらなく嫌いなんだ。


 だから辞める。冒険者なんてやめてしまえば、俺は親しい誰かの死なんて見ずに済むから。


 しかしそれを言葉にするつもりはない。


「……なに? そんなにあたし達と一緒にいるのが嫌だったってわけ?」


 そのせいで浅田は勘違いをし、不機嫌そうな顔と声で俺へと問いかけてきた。


「……俺としても楽しくなかったわけじゃないが……俺は死にたくないからな。もう三十半ばなんだ。若者と同じようには動けないんだよ」


 俺がそう言うと、流石に年齢に関しては文句が言えないようで、浅田は何か言いたそうにしているものの何も言わずにブスッとした表情で俺から顔を逸らした。


 そんな浅田の様子に俺は最初の頃を思い出して小さく笑うと、宮野へと顔を向けて話しかけた。


「まあそんなわけだ。宮野、一週間後以降で暇な時ってあるか? チーム脱退申請をしに行きたいんだが」

「……えっと、すみませんがしばらくは忙しいんです……ほら、その、こ、今回の件とかで色々と手続きなんかがありまして……多分時間が取れないはずです」

「そんなに忙しいのか」

「……はい」


 宮野はすまないとでも思っているのか、俺から若干顔を逸らして目を伏せた。

 んー、まあ仕方ないか。一応俺たちの出番は終わったって言っても、ランキング戦そのものは元々一ヶ月間やる予定だったからまだ続いてるんだしな。

 向こうでも話が進まなかったり、宮野を呼んで話を聞くにしても二度手間三度手間なんてこともあるんだろう。


「なら、いつなら空きそうだ? 一月くらいか?」

「えっと……ちょっとわかんないですね」


 だがそれも、ランキング戦が完全に終わった一ヶ月後なら問題ないだろう。

 そう思って尋ねたのだが、宮野は視線を逸らしたまま……むしろさらに視線を逸らして、ついには自身の目の前に置かれていた料理に手を伸ばし始めた。


 その様子は、何か悪い事をして隠そうとしている子供のように思えた。

 というか、そう考えてしまうともうそれ意外には見えない。


「ふーん? ……なあおい。勇者様よ。ちょっとこっち見て話さねえか? 人の目を見て話せって教わったろ?」


 俺が声をかけると、宮野はビクッと体を震わせた。


 その様子を他の奴らもみているのだが、何も言わない。強いていうのなら俺の元チームメンバー達三人が面白そうにうっすらとニヤついているくらいだ。なんかすごくムカつく。


 だが、宮野は自分に視線が集まっている状況に耐えられなくなったのか、静かに話し始めた。


「……だ、だって、私まだ伊上さんに離れてもらいたくないですし……まだまだ教えてもらうこともあります」

「いやいや、お前、もう勇者なんて称号をもらえるほどに強くなったろ? そっちの浅田達も十分に卒業後もやってけるくらいだ。もう俺がいる必要なんてないだろ?」


 全部教えたとはいえないが、それでもプロの冒険者として活動していける程度には教えたし、これから鍛える方向性もある程度は教えた。

 このまま俺がいなくなったところで、こいつらはやっていけるだろう。


「いやです」

「おい勇者」


 とうとう開き直ってはっきり言い切りやがったぞこいつ。


 …………はぁ。


「最初に言ったろ? 俺は冒険者なんてさっさと辞めたいんだ。最初の約束どおり、俺は辞めるぞ」


 俺はどう言ったものかと悩みながらも、宮野を説得するべくため息を吐いてから口を開いた。

 説得って言っても、大したことは言ってないけど。


「……そんなこと、言わないでください。後少し……後少しだけで良いですから、私たちを捨てないでください」


 捨てないでって、お前……なんだかそれじゃあ俺たちが関係を持ったみたいに聞こえるぞ。もうちょっと考え——


「お、なんだ、痴情のもつれか?」

「複数の女子高生と外泊したんだから当然だな」

「おいおい、そりゃあまずいだろ。最後まで責任取れよ」


 そこで元チームメンバーの三人が野次を入れてきた。

 理由はわかっているが、俺がこのチームに入った元々の元凶であるこいつらに言われるとすごくイラッとする。


 ……っつーかこいつら、この展開を望んでただろ。さっきのニヤついた顔はそうに決まってる!

 いやまあ、俺も逆の立場なら同じようなことやるけどさ!


「人聞きの悪いこと言ってんじゃねえよ! 俺は辞めるからな!」

「……でも実際のところ、チームリーダーの許可がないと抜けられませんよね? 絶対に許可なんてしませんから」


 元チームメンバーの馬鹿どもに毒されたのか、宮野までそんな事を言っている。

 その様子は子供が拗ねたようで、どこかこいつらしくない。


 ……って、こいつ酒飲んでやがる!? 酔ってんのかこいつ!


「おい! こいつに酒飲ませたの誰だ!」

「あー、それ。多分ノンアルカクテルと間違えたんじゃねえの? 名前と見た目だけは似てるし」


 くそっ、なんてこったよ。もっとわかりやすく書いとけ!


「伊上さ〜ん。これからもお願いしますね〜」


 酔いが進んだのか、それとも周りの状況に流されたとかで箍が外れたのか、宮野はなんの憂いもない笑顔でこっちを見ている。


「これでまだ冒険ができるな。……頑張れ!」

「ざけんなてめえら! もう無理だって! 俺の歳考えろ!」


 俺の肩を叩きながらムカつくぐらいの笑顔でそう言ってきたヒロに同調するように、ケイとヤスも親指を上げている。


 そんな三人に思わず叫んでしまうが、それでも俺を引き止めようとする流れは止まらない。


「はんっ、安心しなさい! あたしたちがポートしてあげる!」

「私も手伝う」

「え、えっと、あの、よろしくお願いします!」


 そして今度は先ほどまでのムスッとした表情を消して楽しげに笑っている浅田と、安倍と北原までもが俺に向かって声をかけてきた。


「そういうわけで、早速次の冒険の計画を立てましょう! 次は何をするの? やっぱりダンジョンに行くのかしら?」


 慣れない酒で酔っているせいで、宮野は明らかに普段と違う様子で楽しげに笑いながら俺の腕を掴んでいる。


「おい待て。待て勇者! 俺は辞めるんだ! そう言ったろ!?」

「い、や、よ。まだまだ一緒に冒険するんだから!」

「くそおおおお! さっさと俺を解雇しろ! このクソ勇者!」


 俺たちの冒険はまだまだ続くのかっ!?


 To be continued……?

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