第34話飛鳥:ゴミみたいな願い
「…………めんどくさい? そんな理由で戦わないと?」
あまりにも予想外すぎる浩介の言葉に、飛鳥の頭の中は一瞬真っ白になった。
それは理解できない考えを言われたからか、それとも怒りか……。
「ああ。誰かを助ける。そりゃあ高尚なことだが、それを誰かに押し付けんなよ。誰もがお前みたいに強いわけじゃない。現に見てみろ。お前の特級の才能と、俺の三級の才能。これでお前と同じことを目標にして活動しろって? そりゃあ無理ってもんだ。カッコよく自殺しろって言ってるもんだろ」
確かに浩介の言っていることも間違ってはいないと頭の冷静な部分は言っている。
だが、感情はそうではない。
ふざけるな。それは間違っている。
そう言葉にならない思いが飛鳥の頭の中で渦巻いていた。
「それでも! そうだったとしても、できることはあるはずです!」
「かもな。でも、言ったろ。お前の願いを他人に押し付けんなって。俺は誰かを助けられるようなやつじゃあない。自分が生き残るだけで、精一杯だ。それ以外にできることと言ったら、精々が友達や家族を生き残らせるだけ。それ以上は無理ってもんだし、できたとしてもやる気はない。人助けがしたいなら勝手にすればいい。俺は嫌だ。誰かを助けるなんてゴミみたいな願いを抱えたまま死ぬ気はない」
ゴミみたいな願い。
その言葉を聞いた瞬間、飛鳥の中で何かが切れた。
「……あなたとは、どうあっても意見が交わらないようですね」
「だろうな。世間を知らない才能を持ったお嬢ちゃんには、俺の言ってることはわからんよ」
「ならば、これ以上の会話は無用。あなたを倒して先に進みます」
「……そうか」
そして二人は話を終えると、飛鳥は今度こそ仕留めるのだと覚悟を決め、少しの憎悪を込めて槍を握り込み、走り出す。
「負けました!!」
——が、飛鳥が走り出したその瞬間、浩介は両手を真上にあげてそう叫んだ。
「……………………は?」
「負けました! 俺じゃあお前には勝てん! だから攻撃しないでくれ!」
飛鳥は攻撃に移る前になんとか攻撃を止めることができたが、走り出した足は止まることができず、仕方なく走った勢いのままその場を飛び退いた。
そして着地後に先ほどまで自分がいた場所へと振り返ると、叫びながら情けなくも土下座をした浩介がいた。
「——っ! どこまでっ……! どこまであなたはわたしをバカにすれば気が済むのです!」
そんな浩介の様子を見てまたも頭が真っ白になった飛鳥だが、状況に理解が追いつくと怒りをあらわにして叫んだ。
「バカに? 確かにお前の願いはバカにしたさ。クッソくだらんものだってな。こっちまで巻き込むな馬鹿野郎って思う」
「このっ!」
「おっと、負けを認めたやつを攻撃するのか? それ、ルール的にどうなんだ? 確か攻撃したら失格だったよな?」
「ぐっ……!」
体を起こして話している浩介に向かって、怒りに任せて攻撃しそうになった飛鳥だが、浩介の言葉で未だ頭の中の冷静だった部分が体を止めた。
そんな飛鳥の様子を見てニヤリと笑った浩介は、正座から足を崩すと話を続けた。
「で、だ。まあ自分以外にも強要しようとしてるお前の願いをバカにはしたが、その実力までバカにしたつもりはない。特級のお前と、三級の俺。その実力差は明白だろ? 戦う? バカいえ。そんなのは戦うまでもなく誰もが勝敗の予想ができる」
「……それでも、戦う気概というものはないのですか? プライドはないのですかっ?」
「ない」
はっきりと言い切られたその言葉を聞いて、飛鳥はグッと拳を握り込み、歯を噛み締めるが、そんなこと知ったことかとばかりに浩介は話を続ける。
「痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。悲しいのもつらいのも嫌だ。俺は自分が生きて、何事もなく無難に平穏に終われば人生それでいいんだよ。戦う気概? プライド? はっ! そんなもんは自分が楽に生きるためには必要ないもんだ。とっくの昔に捨てたよ」
「………………そう」
「ああ——っ!」
もはや最初に感じた僅かな敬意も消し去った飛鳥の静かな頷きに浩介も頷きを返したのだが、その直後、浩介の横——一メートルも離れていない場所に、大地を抉るような、常識ではあり得ない威力の突きが放たれた。
その際に発生した衝撃波によって浩介は体勢を崩したが怪我はしていないようだ。
「当ててはいません。ですが、すぐに去りなさい。あなたのような者を見ているだけでも不快です」
これでも衝撃波は届いていたのだから失格になるかもしれない。
そうわかっていても、飛鳥は何もせずにはいられなかった。
「そうかよ。だが、ちょっとここで休憩させてもらうぞ。最初のお前らの奇襲で足を痛めてな、しばらく休んだら外に行く」
「好きになさい」
「ああ。……っと、これ持ってけ。しょぼいもんだが、一応欲しいだろ?」
浩介は自身の持っていた筒状に丸められた紙を腰の留め具から抜くと、それを飛鳥へと放り投げた。
『北側』
無言のまま飛鳥が受け取ったその紙にはたったそれだけの文字が書かれていた。
「もう二度と、あなたの顔を見ないことを願っています」
そう言い残すと、飛鳥はその手に浩介から渡された紙を持って走り去っていった。
「……なんとか、上手くいったか。そんじゃあ、〝次〟の準備をしないとな」
浩介は最後にそんなことを呟いたのだが、それはすでに走り去っていた飛鳥には聞こえなかった。
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