第29話戦いの前


 宮野と話しをしたあと、俺たちは待合室へと向かい、時間になるまで待機することにした。


 待合室に入る時には、すでに宮野はいつも通りの笑顔で戻って行ったし、俺も表面上はいつも通りを取り繕っていた。

 だが、その内心はいつも通りとは言いがたい。そしておそらく、それは宮野も同じだろう。


「き、緊張してきた……あたし達、か、勝てるのかな……」


 それでも時間は進んでいく。

 これから時間になればゲートを潜ってダンジョンの中に入る。そしてお互いに配置についてからゲームが始まるのだが、できるだけゲーム前の相手チームとの接触は控えた方がいいので、管理所の個室で待機しているのだ。


 そして俺たちの対戦相手はもちろんと言うべきか、俺たちが予想していた通り天智のチームと初戦で当たることになった。

 いやまあ、予想通りってよりも、調査通りか? ……どっちでもいいか。どっちも間違いじゃないし、どうでもいいことだしな。


 俺たちは夏休みが終わる一週間前……今日から大体二週間ほど前に今回の戦いに挑むに当たって、いろんな備えをしてきた。

 戦術も連携も装備も、全部それ以前の宮野達とは別物になっている。

 俺としてはここまでやって完璧に……は無理でも7割がた作戦が成功すれば勝てると思っている。


 だが、いかに自分たちが強くなったのだとしてもランク上は相手の方が格上で、さらにはこっちの切り札とも言える宮野と同じ特級が向こうにもいる。


 書類上のスペックなら完全に相手の方が上位互換だ。


 そのことを知っているからこそ、普段は強気な浅田も弱音を吐いているんだろう。

 だが、問題ない。あまりやりたくはないが、無理そうなら少し強引にでも勝たせてやるから。


 しかしまあ、このまま緊張した状態ってのもよくないな……仕方ない。


「なんだなんだあ? いつもはイキってるくせに、ここぞって時には逃げんのかあ?」

「は、はあ!? に、逃げないし! ただ、ちょっと聞いただけじゃん。ほら、試合が始まる前にチームのメンバーと想いを一つにするみたいなあれ! あんな感じで確認しただけだし!」

「想いを一つにねぇ……」

「あんたも教導官なら気の利いたことの一つもないの?」

「んー、ならそうだなぁ……」


 つってもなぁ……今回は教導官として一緒にいるが、もともと誰かに教えるってのは得意じゃないし、言う事っつっても特にないんだよなぁ。


「できることはやった。後はお前たちが頑張るだけだ。お前たちならできる、とか?」

「……なんかそれ、どっかで聞いたことのある台詞なんだけど」

「こんなのは大抵言うことは同じなんだからどっかしらで被んだろ」


 文句を言ってるが、浅田はもう平気みたいだな。

 他の奴らも俺と浅田のやりとりを見て、そこそこには緊張が解れてるみたいだ。


「真面目に言うなら、全力で敵をバカにしろってことだな。真面目に戦うな、裏をかけ。使えるもんなら親も友も知人も恩人もなんでも使え。卑怯に卑劣に騙していけ」

「……相変わらずだけど、教師の言うことじゃないでしょ」

「教導官なんて名前がついてるが、俺は教師じゃないんでな」

「でも、伊上さんは今回の戦い、勝てると思いますか?」

「ああ」

「即答、ですか……」

「当たり前だろ? これまで勝つために用意してきたんだ。勝てる可能性は十分にある。これで負けたら、そりゃあ俺の作戦じゃなくてお前たちがミスったってことだ。能力だけで言うならお前たちは十分に上位だしな」


 俺がそう言うと、メンバーの目にはっきりと力がこもった。この様子なら多少の緊張くらいならどうとでもなるだろう。


「そんなわけで俺は先にゲートのほうに行っておくが、向こうで会っても声をかけるなよ。ついでに俺を見るな。見る必要があるときはいやそうな感じの顔で仕方なく、って雰囲気を出せ。それじゃあな」


 そんな指示を出しながら俺は部屋を出る。これも作戦のうちだ。


 だがまあ、あいつらにはあんなことを言ったが、命がかかってないって言っても結構緊張するもんだな。


 相手のチームにそんな緊張を悟られてはならないので、俺は部屋を出るとゆっくりと深呼吸をした。

 そしていざ行かんと一歩踏み出したところで、部屋の中からチームメンバー達の声が聞こえた。


「……背中を押すならもっとわかりやすくやりなさいよ」

「あ、あはは……でも、伊上さんが私たちを認めてくれてるのは事実だよね」

「ん。負けられない」

「そうね。あんなすごい人が勝てるなんて言ってくれたんだから、勝たないとよね」


 すごい人、ね………俺なんかより、お前らの方が十分にすごいと思うんだがな。


「……ねえみんな。私が原因でこんなことになっちゃって、ごめんなさい。けど、私はまだみんなと一緒にいたい。これからも一緒に冒険をしていきたい。だから、お願い。力を貸してください」

「そんなの、当たり前じゃん」

「今更」

「あ、あまり力になれないかもしれないけど、うん。頑張るから」


 ……さて、いくとしようか。緊張完全に解れたわけじゃないが……ああ、悪くない。

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