第25話仲間を馬鹿にされて黙っているわけがない

 

 宮野はそこに来てはっきりと顔を上げると、涙の滲んだ瞳で悔しげに口元を歪めながらも、俺のことを真っ直ぐに見据えた。


「確かに異世界とつながるゲートができるようになったこの世界では、私の特級という才能は貴重なのかもしれません。彼女の言うことは間違っていないって、それはわかっているんです。けど、私は今のチームのみんなとやっていきたい」


 口惜しげに吐き出される言葉とともに、宮野の瞳から滲んでいた涙がついにこぼれ落ちた。


「私はこのチームを最高だと思ってる。けど、天智さん達と戦って勝てるかって言われたら、何も言い返せなかったっ……! 言いたかったはずなのに、そう思ってるはずなのにっ! ……それなのに言い返すことのできなかった自分が……すごく、腹が立つ」


 だがそれでも宮野は気にしないで泣きながら感情を吐き出していく。


「それに、佳奈や柚子を馬鹿にされたのに何も言えないなんて、そんなのは、悔しい……」


 仲間を馬鹿にされて悔しい、か。……ああ、そうだよなぁ。許せないよな。仲間を馬鹿にする奴も、それを否定できなかった自分も。


「ん。よし、わかった。全力で協力しよう」

「——え?」


 俺が協力を口にすると、宮野はそれまで溢れていた涙を引っ込めて、間の抜けたように俺を見上げている。


「どうした? そんな惚けた面して」

「あ、いえ、その、こんな簡単に受けていただけるとは……」

「思ってなかったって?」


 俺の言葉に無言で頷く宮野だが、まあ俺のこれまでの態度を見ていたらそう思うだろうな。

 実際、こいつらは俺が距離をとってるのに気がついてたわけだし、こんな突然協力するなんて言ったら驚きもするか。


 だが、俺にだって協力する理由ってもんがある。

 そう大した理由じゃないし、すごく個人的な感情によるものだ。だが、俺にとっては大事なことだ。


「仲間を馬鹿にされて悔しかったんだろ? そりゃあ当たり前の感情だ。仲間ってのは自分の命を預ける大切な存在だ。ともすれば、血の繋がった家族なんかよりも大事な奴らだ。そんな奴らが馬鹿にされて、怒らないはずがない」


 ダンジョンなんて命をかけてルところで行動する仲間。それはある意味で家族以上の存在だ。

 俺が今のチームとして活動する前に所属していたヒロやケイやヤス達は、俺にとって大事な家族に等しい。

 仲間が悲しければなんとかしてやりたいって行動するし、嬉しいことがあったら仲間全員で馬鹿みたいに騒ぐ。それが冒険者にとっての仲間ってもんだ。

 その思いはダンジョンに潜らなくなった後も変わらずに続いていくだろう。


 冒険者にとって、仲間ってのはそれくらい大事なものだ。

 だから、いかなる理由があったとしても、他人の仲間を馬鹿にする奴は気に入らない。


 しばらくしたらやめるんだからと距離を作ってる俺が言えた義理じゃないかもしれないが、それでも俺だって今はこのチームの一員だ。こいつらは仲間だ。仲間を馬鹿にされて黙っているわけがない。


「俺はお前のその怒りや悔しさを好ましいと思うし、誰かの仲間を馬鹿にする奴を凹ませてやりたいと思う程度には嫌いだ。だから、お前たちに協力してやるのもやぶさかじゃあない。元々そういう行事には協力するつもりだったしな」

「あ、ありがとうございます!」


 宮野はいまだ顔を涙で濡らしていたが、もうすでにその瞳からは涙は溢れていなかった。


「お前らはまだ子供なんだ。もっと大人を頼れ。……なんて、俺が言えたことじゃないかもしれないがな」


 頼れって言っても、俺の方から距離を作ってたんだから頼れなかっただろうな。


「まあ、なんだ。悩みはあるだろうが、どうせこの後の人生で辛いことなんて山ほど待ってんだ。だったら、学生やってる今くらい、そうやって馬鹿みたいに笑ってりゃあいいんだよ。それは子供だけの特権なんだから」

「はい」


 よし、なんとかなったな。


 これで後はランキング戦とやらで勝つだけ……ああでも、真面目に教えるにしても、一つ聞いておかないといけないことがあるな。


「──ただし、言っておくことがある。俺について行った先に輝かしい勝利を見てるんだったら、それは幻想だ。俺は華々しい勝利なんてのは与えられない。できることは小狡く、小賢しく、卑怯に卑劣に貪欲に、ただ勝ちに行くだけだ。見ている奴は非難するかもしれないしお前たちを軽蔑するかもしれない。それでもいいのか?」

「……冒険者に必要なのは仲間を犠牲にして勝つのでもカッコよく負けることではなく、這いつくばってでも生き残ることです。そう教えてくれあなたですよね?」


 言ったな。夏休みに入った初期の頃、前に出て敵に突っ込んでいく浅田が俺の教えを「カッコ悪い」と言ったときにそう言ったことがあった。


「あなたの教えを受けたのはたった一ヶ月程度のことだったけど、それでもその教えは私の中で『冒険者である私』を作る土台になっているし、そのことを間違いだとは思っていない。だから、今更その程度のことで迷うつもりも、惑うつもりも、ありません」

「……なら、勝たせてやる」

「はい!」


 そう返事した宮野の顔には、もう最初にこの場所に来た時のような思い詰めているものではなかった。

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