第20話ダンジョンでの失敗

 

「さっきから奇襲ばっかり! どうなってんの!?」

「全然止まる気配がないわね!」


 しかし、進み出したはいいがそれも順調とはいかなかった。


 この草原、人が隠れるには心許ない草しか生えていないが、〝兎〟達が隠れるには十分なものだ。

 初回とは違い、草むらに隠れていた敵を見つけることのできなかったチームメンバー達は、敵の奇襲を受ける羽目になっていた。


 しかし、奇襲を受けると言っても本来はこんな何匹もが同時に襲いかかってくることはない。精々が数分に一度くらいなもんだ。

 だが、今の状況は数分どころか数秒に一匹襲い掛かって来ていた。


「どうして……?」

「そりゃあさっきの魔力のせいだな」


 こんなことになっているには理由がある。

 それは少し前に安部がやった行動のせいだ。

 最初の発見以外は奇襲でしか敵に遭遇していなかったので、あらかじめ敵の位置を発見できるようにと、俺が以前見せた魔力を周囲にばら撒いてそれに触れたものを感知するという技を使ったのだ。


 しかし、あれはそう簡単なものではない。

 モンスター達はなんでも食べるが、基本的に内包している魔力の多いものを優先して食べる。それはつまり、魔力を求めていると言えるわけだが、さあ問題だ。

 もしモンスター達が指向性のない馬鹿みたいな量の魔力を感じたら、どうなると思う?

 その答えがこれだ。

 強大な魔力を感じ取ったとしても、それに殺気や敵意や警戒心などの指向性があればモンスター達だって近寄ってこない。明らかに危険だからな。

 だが、単なる魔力が放出されただけとなれば話は別だ。


 現在はそんな魔力を感じ取った〝兎〟達が、ここを目指していろんなところからやって来ていた。


「ちょっとあんた! 見てるだけじゃなくて手を貸しなさいよ!」

「俺は基本的に見てるだけだって言ったはずだが? それとも、この程度に対処できないのか?」

「ぐっ、舐めないでよね! この程度、あたしたちだけでできるんだから!」

「そうか。なら頑張れ」


 無限に襲い掛かってくるわけでもないし、この様子だと後五分もあれば終わるだろう。

 死ぬことはないし、いい経験だと思って頑張ってもらおう。




「——やっと終わったぁ……」

「ハァハァ……。そう、ね……」


 予想していた五分よりも早く終わったが、それでもあれほど大量の敵に囲まれると言う経験は初めてだったのだろう。浅田は全部終わった後に自身の武器に寄りかかってるし、宮野は若干息切れをしている。

 特級である宮野の力を持ってすればこの程度なら息切れをするどころか片手間で倒せるはずだが、こうして疲れを見せているということは力を使いこなしてないか、もしくは実戦に慣れていないから緊張して必要以上に力を使ったかのどっちかだろう。

 ま、それは経験を積んでいけばいずれどうにかなるだろ。


「なんで?」

「今のか? それはさっきも言った通り、お前のばら撒いた魔力のせいだ」


 そんな疲れた様子を見せている前衛二人を見ていると、安倍が表情を歪めて問いかけてきた。

 俺たち後衛は前衛と比べるとそれほど疲れないとは言っても、それでも魔力を使ったことでの疲労感はあるはずだ。

 それなのに休むことなく聞いてくると言うことは、よほどさっきの現象が気になったのだろう。まあ途中で俺は「お前のせいだ」的なことも言ったしな。気になるのは当然といえば当然か。


「モンスターは肉や野菜も食べるが、内包してる魔力が多いものを好む。つまりは魔力を食べていると考えられるんだが、あれだけの魔力がばら撒かれたら、その反応を感じてよってくるさ」

「じゃあ……私のせい?」

「ああ、そうだ」


 俺が頷くと、先程の魔物の群れを引き寄せてしまったことが自分のせいだと分かり、安倍は今までで一番分かりやすいくらいに悔しげで悲しげな表情をした。


 女子高生にこんな顔をさせていることに罪悪感がないわけでもないが、これは必要なことだ。

 こいつらはみんな俺とは違って才能を持っている。だからこそ誰かが言わなくちゃならない。


「だから気を付けろ。俺がやったみたいに周囲の状況を確認するってのは大事だし、あの技は便利だ。だが、未熟な技術は自分だけじゃなくて仲間まで危険にさらす」

「……はい」

「ダンジョンの外に出れば、学校なんて自分の力を磨く場所があるんだ。そこで鍛えて、十分に実戦でも使えると思ったら使えば良い。技そのものは便利なことに変わりはないんだからな」

「……わかりました」


「それと、俺の場合は水と土に関しての魔法しか使えないが、お前は火を使うんだろ?」


魔法使いはそれぞれ使える魔法に制限がある。

正確に言うなら魔法に制限があるのではなく、魔法の発現の仕方に差があると言った方が正しいか。

俺の場合は土と水……個体と液体で、安部の場合は燃焼という形で発現し、それが炎となっている。


制限外の性質の魔法を使おうと思えば使えるが、ものすごく燃費が悪く効果も落ちるのであまり使わない。強引に使おうとすれば暴発も起こり得るしな。


「だったら俺と同じやり方じゃなくて、敵の体温を識別する魔法とか使った方がいいと思うぞ。その辺もよく考えて試してみろ」

「……やってみます」


 俺の言葉にしっかりと頷いた安部を見て、俺はその肩を叩くと宮野達の方へと進んでいった。




「それじゃあ、そろそろ帰りましょう」

「そーねー」

「早く帰りたい」


 その後は再び進み始めたのだが、現在の時刻は正午をちょっと過ぎたところ。

 今日は昼までは進んで、そのあとは帰還ということになっていた。ダンジョン内を探索するだけならまだまだ余裕があるが、帰ることも考えると夕方まで進み続けると言うことはできない。


 なので、今日はこれで帰るだけとなったのだが……。


「ね、ねえ。私たち、どっちからきたんだっけ?」

「え?」


 キョロキョロと辺りを見回していた北原の言葉に、メンバー達は北原へと視線を向け、その後周囲に視線を巡らせた。


「えっと……あっち、よね? だってあっちから歩いてきたんだもの」

「でも途中で戦闘したろ? あの大連戦の時を思い出してみろ。あのあと、お前らは本当に真っ直ぐ進むことができたか?」

「それは……」


 俺の言葉に宮野が言い淀むが、それは彼女だけではなくチームメンバー全員同じだったようで、誰もなにも言えないでいる。


「ここみたいな開放型は地形の把握がしづらい。洞窟型や建物型なら道順を記憶すれば基本的になんとかなるが、道がなければ帰るのだって簡単にはいかない。絶対的な方向感覚や歩数を把握できてれば別だがな。授業で習わなかったか?」

「……習ったけど、それが身についていませんでした」

「だろうな。これを教えなかったら学校なんて何にも意味がねえ」


 俺でさえ詰め込みとはいえ教えられたんだ。夏休みの課題としてダンジョンの探索を出してくるような学校が教えていないわけがない。


 今回は俺が情報を調べるなって言ったのが原因だったってのもあるだろうが、多分前回のダンジョンが洞窟型だったことで開放型については頭になかったんだろうな。


「ここみたいな開放型の時は、道標を残しておくんだよ、ヘンゼルとグレーテルみたいにな。ただし、魔力のこもったものや食べ物はなしだ。食われるからな」


 食べ物も魔力の塊も、モンスターからすればどっちもいい餌でしかない。


「今回は発信器を適度にばら撒いてきたから、この反応を辿るぞ」


 他にも地面に杭を打ったり、魔法で目印を建てたりしても良いが、俺としては金はかかるがこれが一番安全だと思う。


「すみません」

「良いさ。このために教導官なんてものがいるんだからな。それに、時間をかければ出られないことはなかっただろうし」


 ここの兎、見た目はエイリアン的なゲテモノだが、食べられないことはない。このダンジョンは川もあるわけだし、遭難してもあれを食べてれば数日はもつはずだ。




「それじゃあお疲れさん。また明日も同じ時間にここに集合でいいんだよな?」

「はい……」


 ダンジョンから脱出したあと、軽い反省会をしてからそう言ったのだが、チームリーダーである宮野はどこか落ち込んだ様子だ。

 その原因は分かっている。今日のダンジョン攻略の不出来さのせいだ。


 正直なところ、こいつらなら事前の情報を集めておけばもっと順調に進むことができただろう。今回苦労したのは俺のせいだとも言える。

 だが、初回でうまくいき過ぎて調子に乗られるよりも、最初は苦戦しておいた方がこいつらのためだ。ダンジョンなんてのは命がいくつあっても足りないようなくそったれな場所だからな。慢心なんてしちゃあいけない。


 正直三ヶ月で離れる俺としてはこいつらのことをそこまで考えてやる必要はないと言えばない。別れた後にこいつらが怪我をしようが死のうが、それはチームを抜けた俺には関係ないことだからな。


 だがそれでも……誰かに死なれるのは嫌だった。


 俺は俺が一番大事だ。死にたくないし、怪我もしたくない。

 俺は弱いから卑怯な手も使うし、逃げることだって戸惑わない。俺は誰かを助けるなんてことはできない。自分一人が生き残るので精一杯だ。


 だが、できることなら誰にも死んで欲しくないんだ。それはこの子達だって一緒だ。


「最初の失敗はあるもんだ。それに、子供は大人に迷惑をかけるもんだ、気にすんな」

「あの、伊上さん!」

「あん?」

「明日からもよろしくお願いします!」

「ああ。三ヶ月間は、しっかりやってやるさ」


 お前らが死ななくていいように、三ヶ月の間にできる限りのことを教えてやるさ。

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