第6章 満月の夜に②
「今日は、チビの首回りの長さを測らせて欲しいの」
ベルの言葉にチビは、くぅ? と疑問の声を上げた。
「もうすぐチビの三回目の脱皮でしょ? だから、チビにも何かあげたくて」
「チビのウロコで、ネックレスを三人で作ることにしたの!」
ベルの言葉を引き継いでシャルロットが答える。話の内容を理解したのか、チビはその大きな顔をベルたちの傍に寄せた。
「もうすぐ、お別れなんだな……」
ヴィンダーがチビの鼻先を撫でながらしみじみと口を開いた。それを聞いたベルとシャルロットも、もの悲しい気分になる。
「チビの最後の脱皮って、いつなのかしら?」
シャルロットの言葉に、
「ヴァンじいさんなら知っているんじゃないか?」
ヴィンダーが答えた。三人はチビと一緒にベルの家の方へと向かう。
「おじいちゃん、いるー?」
ベルの呼びかけに、家の中にいたヴァンじいさんが姿を現した。
「どうしたんじゃ?」
「もうすぐ、チビの三回目の脱皮でしょ? ちゃんとした日はいつなのかな? って思って」
ベルの言葉にヴァンじいさんはじっとチビを見つめた。チビもその視線に答えるようにじっとヴァンじいさんを見つめている。
ヴァンじいさんはその視線を受けてから、三人の方をしっかりと見据えて言った。
「次の、満月の夜じゃ」
「満月?」
三人の疑問に、ヴァンじいさんが答えてくれる。
龍の三度目の脱皮だけは、新月ではなく満月の夜に行われるのだと。それは白龍も同じである。
次の満月の夜まで、日数にして残り一週間ほどしかなかった。
「大変!」
「すぐにでもチビの分を作らなくっちゃ!」
ベルとシャルロットが慌てる中、ヴィンダーがチビの鼻先を撫でながら、
「そんなに慌てても仕方ないだろう? なぁ、チビ」
そう言うのだった。
三人はその日、チビの首回りの長さを紐ではかり、ウロコを集めることにした。
自分たちのブレスレットを作っていたのもあり、チビの分のウロコが少ない。そこで三人は、一回目の脱皮で出たチビのウロコも使うことにした。
そうしてかき集めたウロコを箱にしまうと、その日はもう暗くなってしまい、解散することになるのだった。
翌日。
魔導院からの帰り道にシャルロットがベルとヴィンダーに提案した。
「ねぇ、チビのネックレス、
「魔法石?」
ベルの言葉にシャルロットが頷いた。
「チビは優しすぎるから、西の砦でいじめられないか心配なんだもの」
シャルロットの言葉にベルは確かに、と頷いた。
「じゃあ、今から買いに行くか? 魔法石」
ヴィンダーは二人の話を聞いてから提案した。二人はその言葉に頷くと、魔法石を売っている店へと足を運ぶのだった。
魔法石は魔法使いの間ではお守りとして重宝されている。特に、旅に出る魔法使いたちには、この魔法石を贈るのがこのドラッヘン村の習わしでもあった。
ベルたちは魔法石の店でそれぞれがチビに見合ったものを選ぶことに決めた。三人はじっくりと店内を見て回る。
三人のお小遣いは限られているものの、その中で精一杯の気持ちを込めた魔法石を探す。最初に魔法石を決めたのはヴィンダーだった。
「俺、これにする!」
そう言ってヴィンダーが見せたのは、真っ赤な魔法石だった。石言葉は『勇気』である。
「チビに勇気を持って、西の砦で仲間を作って貰いたいしさ」
そう言ってヴィンダーはこの石に決めたようだ。
次に魔法石を選んだのはシャルロットだった。シャルロットはエメラルドグリーンの魔法石にした。
「癒やしの石言葉! チビの優しさと癒やしの効果で、仲間はずれになんて絶対ならないわ!」
シャルロットらしい選択にベルも笑顔になるのだった。
「ベルはどうするの?」
シャルロットの言葉にベルは悩んでいた。贈りたい魔法石は決まっていた。しかしお小遣いが言うことを聞いてくれなかったのだ。
「実は……」
そう言ってベルが見せたのは、『ドラゴン・フライ』と呼ばれる青色の魔法石だった。チビの本来の姿である『ドラゴン』の名前が入ったこの石を、どうしてもチビに渡したかった。しかし、
「ちょっとだけ、お小遣いが足りないの……」
しょんぼりとするベルに、ヴィンダーが肩を叩いた。
「俺、少しだけなら出すよ」
「えっ?」
「俺も、チビには緑の龍よりも龍らしくいて欲しいし」
ヴィンダーの言葉に、傍にいたシャルロットも、
「私も! チビには緑色の龍にも負けないで、チビらしくいて欲しい!」
そう言うと、二人はベルの足りなかった分のお小遣いを出してくれる。
こうして、三つの魔法石を揃えた三人は、急いでベルの家に向かうと早速その石をチビのネックレスに取り付けようとした。
「やっぱり、ベルの石が真ん中だよな!」
「そうね! 私たちの気持ちがたくさん入っている石だもの」
二人のチビへの思いに感謝しながら、ベルはまず、自分の石をネックレスへと取り付けた。
そしてそのベルの石を挟むように、ヴィンダーとシャルロットの石も取り付ける。
後は残りの紐の部分をチビのウロコでいっぱいにしたらできあがりだ。
なんとかチビの三度目の脱皮には間に合いそうだと言うことで、三人は安堵した。しかしチビの首回りは結構な長さのため、このウロコでいっぱいにする作業が三人がかりでも時間がかかる。
三人はまた明日、続きをしようと言ってその日は解散するのだった。
こうしてあっと言う間にチビの脱皮の日が近づいてきた。
チビのネックレス作りと、魔物退治は順調で、三人はいよいよ明日、チビの三度目の脱皮を見ることになる。
満月の夜の翌日は魔導院も休みだったため、ヴィンダーとシャルロットは再びベルの家に泊まることにした。
「もうすぐ、チビのお別れなのね……」
シャルロットはチビに寄りかかりながら言う。その声は寂しさに震えていた。
「チビの新しい出発だぜ? そんなしんみりするなよ、シャルロット」
ヴィンダーもチビに寄りかかりながら言う。
三人でチビに寄りかかりながら、チビの顔を撫でていた。チビも三人に顔を預けて気持ちよさそうにしている。
森の中で三人寄り添ってチビに包まれていると、満月が昇ってきた。
いよいよ、チビの最後の脱皮が始まろうとしていた。
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