第5章 チビと三人の魔法使い②
そう言って地面に片手を置き、その上にもう片方の手を重ねる。
「魔力が、地面の中を這っているのをイメージしながら、呪文を唱えるんじゃ」
「こう?」
シャルロットはヴァンじいさんの真似をして地面に手を置いた。
「そうじゃ。呪文はな、『ソイルミュール』じゃ」
「ソイルミュール!」
シャルロットがそのままの姿勢で呪文を唱えると、シャルロットの目の前の土が少しだけ動いたように見えた。
「ヴァンじいさん、見たっ? 今、少し動いたわ!」
「良い良い。その調子で練習するのじゃ」
こうして三人はそれぞれ魔法の練習に没頭していく。少しずつ成長する自分たちが、三人は嬉しかった。
チビはと言うと、そんな三人の様子をおとなしく見守っている。
三人は魔導院には内緒のヴァンじいさんからのレッスンが毎日楽しみになっていたのだった。
三人がそれぞれ魔法を極めている頃、チビには小さな異変が起きていた。チビは空を見上げることが多くなり、きゅる、と小さく鳴くようになったのだ。
その変化に気付いたヴァンじいさんが三人の練習を眺めながらチビの喉を優しく撫でる。チビは嬉しそうにきゅるっ、きゅるっ、と喉を鳴らした。そしてヴァンじいさんも空を見上げる。
そろそろ新月の時期になろうとしていた。
その日、ヴァンじいさんは練習を終えた三人を呼んだ。
「どうしたの? おじいちゃん」
ベルが不思議そうに尋ねるのに、ヴァンじいさんは隣にいるチビの喉を撫でながら、
「そろそろ、チビの二回目の脱皮が始まる頃じゃ。ヴィンダーとシャルロットにも、チビの脱皮を見て欲しくての」
ヴァンじいさんの言葉にヴィンダーとシャルロットは目を輝かせた。
「チビの脱皮、見たい!」
二人はそう言うと、チビに抱きついた。チビも嬉しそうにきゅるきゅる、と鳴く。
三人にとって、チビは特別な存在へとなっていた。
いつも黙って練習を見守ってくれているこの白龍は、三人の守り神のような存在へなっていたのだ。
特にベルにとっては、チビが来てからというもの魔力に目覚め、指輪からも卒業できた。そのため、チビは幸運を運ぶ龍だと思っていたのだ。
ヴィンダーにとってチビは、ライバルでもあり、またケンカ相手でもあり、そして親友だった。
一人っ子のシャルロットにとっては、弟のような存在だ。まだまだヤンチャだが、練習中はおとなしく見守ってくれるチビの存在に救われていた。
そんなチビが成長する脱皮と言うイベントは、三人にとっては特別だった。
「じゃあ、ヴィンダー、シャルロット。一度家に帰って、ワシの家に泊まることをご両親に報告して、また今夜おいで」
ヴァンじいさんの優しい声音に、二人は笑顔で頷く。
「チビ、今夜また来るわね」
「いい子にしてろよ」
シャルロットとヴィンダーがそれぞれチビに声をかける。そして二人は一度、自宅へと戻っていくのだった。
ヴィンダーとシャルロットが帰宅してからも、ベルはこっそりと霧の魔法を練習していた。なんだか二人よりもまだまだ自分は遅れているように感じてしまっていたのだ。
「ネーベルネブラ!」
水をイメージし、魔力の精霊たちをイメージし、呪文を唱える。
チビはそんなベルの様子を黙って見守っていたが、
きゅる、きゅる!
突然チビが声を上げた。ベルはどうしたのかとチビを振り返ると、家の外はもうすっかり暗くなっており、家の扉からはヴァンじいさんの姿があった。
「ベルや。そろそろ夕飯の時間じゃよ」
「はーい」
ヴァンじいさんの言葉に、ベルは自主練習をやめると家の中へと入っていく。チビも後ろからベルについてくるのだった。
今日の夕食は、ミルクを使ったスープを中心に、少し硬めのパンとサラダだった。ヴァンじいさんの手作りの夕飯は、質素ではあったがおいしそうな匂いを漂わせ、ベルの胃袋を刺激してくる。
「今日もたくさん練習したからの。しっかりお食べ」
「はーい! いただきます!」
ベルはパンを片手にスープに手を伸ばす。その隣ではチビが興味深そうにベルの夕飯を覗き込んでいた。
「だめだよ。チビのご飯はこっちだから」
ベルはチビにそう言うと、チビもおとなしく自分の食事を摂り出す。
こうして食事を終えたベルとチビは、一緒にゆっくりとした時間を過ごす。
ベルはチビに寄りかかるようにして座ると、魔力のイメージトレーニングをしていく。チビはそんなベルに顔を近づけてくる。ベルもチビの顔を優しく撫でながら、
「今ね、イメージトレーニングをしているの」
そう言うのだった。
こうして二人でいるゆったりとした時間がベルは好きだったが、その時間は突然扉を叩く音で終わることになる。
「きっとシャルロットたちだわ!」
ベルはチビに声をかけると、扉へと駆けていった。そして木製の扉をゆっくりと開ける。外に立っていたのは予想通りシャルロットとヴィンダーだった。
二人の荷物は大きく、どうやら明日の魔導院の用具も持ってきているようだ。
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