六話 ウサギっ娘ラビと崖に咲く一輪の花

 今日もお空飛んだ。

 崖に引っ掛かってる女の子を見付けた。

 ウサギの娘の首がしまってる!



 女の子の声なき悲鳴で俺の思考は停止する。


 だが、身体は既に動き出していた。


 ドンと崖に体をぶつけて速度を殺し、落下を始める前に崖を這うツルを数本まとめて掴んだ。


 落下しないことを確認すると女の子のところへ向かい左手で抱き上げる。


「今助けるから……!」


「はひっ……」


 いかん、泡吹いてるじゃないか。

 急いで絡まった鎖を外さないと……。


「ぐっ、ダメだ。きつく絡まってる……」


 これは魔法を使うしかなさそうだ。


「今、この忌々しい鎖から解き放ってやるからな」


 優しくそう告げると鎖に手をかざした。


 だが、女の子は俺が魔法を放つ直前にその手を掴み、すがるように乞うた。


「こ、壊しちゃ……。ダメなのです……!」


「ええっ!?」


 なぜだ? 

 なぜ拒絶する?

 いや、考えるな。


 ならば、枝の方を壊せばいいだけの話。


「【放て】!」


 バキッ!


 【合言葉トリガー】の直後に収束された高密度の魔力が不可視の衝撃波となって枝を破壊する。


 おっと。


 反動を極力抑えたつもりだったが崖から投げ出されてしまった。


 まあ、飛び立つから良いのだが。


「ひやあああああ!?」


 でもこの子にとっては良くなかったらしい。


 ウサギの娘を安心させるため、また落として新鮮なウサミンチを作り上げないためにも気持ち強めに後ろから抱き締める。


 そして俺は翼を広げた。


「とっ、とっ、飛んでるのです!?」


「うん、飛んでる。だからもう恐がらなくていい」


「はー、すごいのです!」


 そうだろうそうだろう。


 空を飛ぶってのはすごいことなのだ。




 地上に降りると女の子は頭を下げた。


「あの、ありがとうございました。助かったのです」


 ペコペコと頭を下げるたび、お耳もペコペコと頭を下げる。


 そんな姿が愛らしい。


「ん、ああ。当然の事をしただけだよ」


「当然の事!? あれを当然と言えるのは、とてもすごい人なのです! ん……? すごい人……?」


 なにやら女の子は顔をぐっと近づけてじっと俺の顔を見詰める。


 更に近づくウサギの娘のお顔。


 鎖に繋がれているにもかかわらず褐色のお肌はシミも吹き出物もなく、すべすべしてそうで思わず触れたくなる。


 それになんだか甘いお菓子の様な匂いがする。


 ウサギの娘はなにかを思い付いたかのようにハッとして人差し指で文字通り俺をズビシっと指差す。


 そして、期待のこもったキラキラした瞳でのたまった。


「ラビのご主人さまを見付けたのです!」


 んんー? ご主人さま?


「まてまて、何を言っているんだ? 俺は君を知らないぞ?」


「ラビも知らないのです」


「はい?」


「ラビは選ばれしブラウンラビッ種で、すごい人の奴隷になるために、召し使いたちがすごい人のところへエスコートしてくれていたのです!」


「うん……?」


 なんだか話がおかしいぞ?


 俺は困惑した。


 けれどラビは元気いっぱいで力説を続ける。


「奴隷になればお腹いっぱい食べられて、綺麗な服を着て、いっぱい気持ち良いことしてもらえるって聞いたのです!」


 騙されとる!

 甘い言葉で騙されとる!

 そんな言葉で騙してラビを奴隷にしようとした奴がいるのか。


「お願いなのです! ラビをご主人さまの奴隷にしてください!」


 ラビはそうは言うと一切の迷いなく、そして真摯な眼差しで俺を見詰める。


 めまいがした。

 この子を野に放ったら絶対にダメだ。

 そんなことをしたら、明日には別のご主人さまを見付けてホイホイ付いていってしまう。


 なら……。


「ダメなのです?」


 もう、俺がなんとかするしかない!


「ダメじゃない。でも、奴隷は良くないな。家族、娘にするってのはどうだ?」


「奴隷じゃダメなのです?」


 瞳を震わせて上目使いに見られたら耐えられん。


 そんなに奴隷がいいのか。


「わかった。奴隷でいい。今日から俺の奴隷だ!」


「ご主人さまありがとうなのです!」


 まあ今はそれでいいさ。


 ゆっくり誤解と嘘を解いていこう。




「しかし、なんでまたラビは崖から落ちたんだ?」


「崖に綺麗なお花が咲いていたのです!」


 なるほどつまりそのお花を取ろうとして滑り落ちたと。


 こりゃ目を離したら危ないな。


「こっちなのです!」


「あっ、待ってくれよ。俺の身体はそんなに早く走れるようになっていないんだ」


 俺が遅いのもあるがラビも早くてすばしっこい。


 いやしかし──。


 ラビの尻を見る。


 尾てい骨の辺りにぽんと張り付いたまあるい尻尾。


 その毛色は髪と同じクリームいろでふわふわしていてぎゅっとつかんで引っ張りたい衝動に駆られる。


 そんな尻尾がラビの足の動きに合わせて上下に跳ねるものだからもう目が離せない。


 ──なるほど、獣人、ね。


 おっといけない見とれている場合じゃあない。


 見失ってまた崖から落ちたらたいへんなので必死こいてまんまる尻尾を追いかけた。


「あのお花なのです!」


 あの青い花か。


 確かに綺麗だが。 んー? これはもしかして……。


 なるほどこの花であれば見とれて崖から落ちるだけの価値のある花かも知れない。


「ご、ご主人さま! 身を乗り出したら危ないのです!」


「大丈夫。ラビのご主人さまは崖から落ちても死なないよ。この高さならとてつもなく痛いくらいで済む」


「ふええええ!?」


 驚いちゃってまあ。


「それより、この花は──」


「知っているのです?」


「ああ」


 誰しも一生のあいだに一度は口にする食べ物の花。


 けれども死ぬまでこの花の存在を知らない人も多い。


 俺も話には聞いたことがあるが花の実物を見るのは初めてだ。


 その植物の名前は。


「──サツマイモ。あれはサツマイモの花だよ。咲いているのは滅多に見られない貴重な花なんだ」


「はー、そうなのです?」


 そうなのです。


 しかし、この世界でサツマイモと呼ぶのはおかしいだろうか?


 英語で言うとスイートポテト。


 うーん、ダサいうえに別の食べ物を思い浮かべるしサツマイモでいいわ。


「花は食べないけどツルとイモは食べられるよ」


「食べられるのです!?」


「ツルは俺も食ったことがないけどイモは甘くてホクホクして美味しいぞ。掘ってみようか。あ、いや、スコップがないな」


「ラビにお任せなのです!」


 えっ? ラビもスコップなんて持ってないじゃないか。どうする気だ?


「掘るのです掘るのです掘るのです……!」


 素手で掘るんかい。


 シュバババババババババババババ!


 でも早い!


「あっ! 紅くてまるまるした根っこ見付けたのです!」


「おおっ、それがサツマイモだよ」


 さつま芋は非常に強力な植物で枯れた土地でも過酷な環境でも育つ。


 これはいい、城なしにサツマイモ畑を作ろう。


 芋を掘れるだけ掘って、本来の目的だった薪や石なんかも集めた。


 ひと休みしたいがラビを騙したヤツがまだ近くにいそうな気がする。


 さっさと城なしに戻った方が良さそうだ。


「それじゃあラビ、そろそろ帰ろうか」


「どこに帰るのです?」


「空の上だよ」


「お、お星さまになるのです……?」


「そこまでは高いところまでは行かないから大丈夫だよ。おいで」


 俺はラビの手を取ると空を飛んだ。

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