登場 自称奴隷のウサギっ娘『ラビ』

五話 ウサギっ娘ピンチ!

 城なしで休憩した。

 何もないのでさよならした。

 帰れなかったのでふて腐れた。



 翌日。


 陽が登り始める頃、俺は再び空の上にいた。


「ふあぁーあ……」


 盛大なあくび声が口からあふれ出る。


 初めて空を飛んだ次の日にあくびとは緊張感が足りないなと自分でも思う。


 けれど夜間の城なしでどれだけ気温が下がるかわからず、寝るわけにはいかなかったのだから仕方がない。


 まあ実際、翼にくるまっていなければ風邪をひくかな程度に冷え込みはした。


 それはそれとして。


 何するべく空を飛んでいるかと言えば海を抜けたか確かめるためだ。


 もちろんせっかく飛べる様になったので、また飛びたいという気持ちもあったがそれどころではない。


 ひとつ重大な懸念が浮上したからだ。



 俺は遭難しているのではないかと。



 そうなんです。



「寒い……!」


 吐いた息は白く、うっすらと霧がかる空に混じって消えていく。


 目を細めて地上を見る。そう、海ではなく地上、つまりは陸に出た。


 荒廃していて緑があるのは隆起した台地にヒビを入れて水を流したような川の側くらい。


 ま、なんだっていいさ。


 それじゃあ地上に降りて必要なものを集めるとするか。


 城なしが陸に出た場合に何をするかは予め夜の間に決めていた。


 城なしでキャンプするための材料を集めるのだ。


 まあキャンプだなんて楽しそう。


 いやいや、焚き火を囲ってお手てつないでグルグルしようってわけじゃない。


 お手てをつなごうにも俺しかおらんわ。


 妄想の世界の住人と一緒に焚き火のまわりをグルグルすることも俺にかかれば容易いが、それはもっと追い詰められてからで良い。


 じゃあなんで城なしでキャンプしようなどと考えたかというと──。


 まずはこの世界は転生する前の世界とは違うことを念頭に置く必要がある。


 文明の進歩は極めて遅く停滞気味で、機械なんて物は足でこぐ機織はたおり機がせいぜいで、電気など通っておらず、他に文明の度合いを示すものとしては水車や風車が存在するくらい。


 もといた転生する前のどこを見てもアスファルトとコンクリが視界に入る世界とは対極的で、舗装された道など石畳の物が僅かにある程度。


 そんな道も少なくとも俺の視界に映ってはいない。人の支配領域は狭く、また町から町への距離も離れすぎているからだ。


 これには魔物の存在が深く関わっている。


 魔物と言うのは大きく、すばしっこくて、暴力的でどこにでも突然現れる。一人で相手にするなんてとんでもないこいとで、通常数人から時には数十人がかりで討伐する。


 さながらマンモスでも狩るかのよう。


 そんな凶悪きわまりない性質のモノがそこら中にいたんじゃ支配領域を広げるのは難しいし、広げたところで守るのも難しい。


 そんなわけだから人里の規模は自然と小さくなり、なかなか見つけることが出来ない。


 人里が見つからなければ地上でひとり野宿をする事になるが、そんなことが出来るハズもなく。


 どうしようかと考えたところそこに城なしの存在があった。


 魔物の驚異は城なしにはない。

 そうだ城なしの上なら安全だ。

 ならここに住めば良いじゃないか。

 よし、そうしよう。


 しかし、城なしに住むと決めたは良いがそこにはなにもない。


 さみしい!


 なら地上に必要なものを取りいってみようか?

 取り急ぎテント作って焚き火ぐらいはしたい。

 寒いのはもう嫌だ。


 じゃあ城なしでキャンプしよう!


 ──という考えを経てそして今に至る。


「あの辺にするか」


 台地を切り取って出来たような崖を目標にして高度を下げる。


 何があるのか付近を観察しながら着陸体勢をとろうとしたところで、崖に何か動くものがいるのが見えた。


「ん……?」


 動物?

 いや違うあれは人だ。

 なんだってこんなところに?


 いくつも疑問がわいて出たが、何やらもがいている様子を見てそんな疑問は吹き飛ぶ。


 崖に這うようにして生えたツルに絡まって辛うじて助かっているといった様子で、つまりは今すぐに崖から落ちそうだということだ。


 助けないと!


 俺は高度を維持できるギリギリの速さを保って崖の近くを何度も旋回した。


 羽ばたいてその場で停止するなんて器用なマネはできないのだからしかたがない。


 パッと飛んでサッと助けられれば理想的なのだが、ツルが絡まったまま引っ張ったらツルに負けて引っ張られ失速し最悪俺だけ下に落ちるのでこれまた難しい。


 まずは状況を詳しく知る必要がある。


「もっと近くで……」


 ギリギリまで接近したとき、まずツルに絡まっているのが子どもだと確認できた。


 これは絶対に助けたい。


 この子は──。


 肌は健康的に焼けました! と主張するこんがり小麦色でお目めはパッチリくりくりキラリと光かる真っ黒な瞳。


 ツンととがった小さなお鼻は愛らしく、お口はちょびっとばっかし前に突きだして興味津々、表情全体からは好奇心が溢れだしている。


 ただ一点、シーツをまとっただけのようなボロのワンピースを着ているが残念ではあるが、とってもカワイイ女の子だ。


 が、この子を最大限形容するのはなんといってもその耳だろう。


 クリーム色の柔らかそうな髪からひょこんと生えている長い焦げ茶の耳はウサギのお耳、これまた柔らかそうで触れて摘まんでナデナデしたくなる。


 しかし、そのお耳はいったいどうなっているのか。


 人に本来耳がある位置には何もない。


 獣人?


 そうだこの子は。


 ──獣人と呼ばれる存在で間違いなさそうだ。


 そんな女の子が今は苦しそうにジタバタともがいている。


 早く助けないと……。

 でもどうやって?


 気持ちが焦ってその二つの言葉ばかりが頭のなかでループする。


 が、そんなことをしてられるのもそれまでだった。


 ふと女の子の首に光るものを見つけて事態はより深刻な状況なのだと理解させられたからだ。


 自分の顔がひきつり汗が浮かびあがるのがわかる。


 なんで首輪なんてしてるんだよ……。


 しかもその首輪から延びる鎖が崖からつき出すように生えた木の枝に引っ掛かっている。


 ズルッ……!


 そんな状態で体に絡まった蔓がほどけたらどうなるのか。


 ズルズルズルッ……!


「っ……!?」

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