青春革命
村川淳
第1話
私は明確な意思をもって、自分の吐瀉物を弄んでいた。最寄りのスーパーのロゴマークが印字されたレジ袋の中に吐き出されたそれは、温かく、掌によく馴染んだ。両手で掬ってこすり合わせると、ぶちゅぶちゅと音を立てて指の隙間からこぼれ落ちた。ついさっき食べたばかりのカップラーメンが、手の甲を伝うときになんともこそばゆい快感を与えてくれた。その破片の大きさを見て、自分が普段いかに少ない咀嚼で物を飲み込んでいたかがわかった。何度かそのようにして遊んでいると、さっきまで丁度人肌くらいに温かかったそれは、次第に私のことを置いてけぼりにし、最後にはすっかり冷たくなってしまった。喉の奥はまだ熱を帯びていたし、もう少し続けたかったのだが、名残惜しい気持ちを胸にとりあえず私は手を洗うことにした。レジ袋の中で指をはじき、ぴっぴっ、とグーからパーへ手の形を瞬間的に変える。カップラーメンに入っていた気持ち程度のネギがなかなか左手の薬指から離れず、諦めて他の指で拭うと、今度はその指にくっつき、しばらくそのネギとの格闘が続いた。
洗面台に行き、手の全体を水ですすいだ後、ハンドソープをいつものように四回プッシュしたが、一回目からすでに空気が混じった音が鳴り、四回目にはもはやほとんど空気しか出てこなかった。自分の儀式が邪魔されたような気がして、私は勢い任せにさらに四回プッシュした。すると、容器は軽やかに尻をすべらせ、そのまま、こんっと音をたてて床に落ちた。私の心は幾分か晴れ、せいぜい三回プッシュしたときに出てくるくらいの量のハンドソープで、自分の手を丁寧に洗った。別に汚いものを触っていたという意識があったからではない。私は試していたのだった。先ほどまでの鎮静が、液体洗剤でも味わえるのかどうか興味があったのだ。しかし、さっきとは違い、いくら手をこすり合わせても、洗剤は手に馴染まなかったし、こそばゆい快感も与えてはくれなかった。虚しく泡立ったそれを、今度はお湯を出してすすいだ。排水溝に吸い込まれていく泡を見ながら、喉に閊えていた吐瀉物のカスを唾と一緒に吐き出した。べっ、と重たい音を立てて吐いたのだが、吐き出された唾はまるで喉の奥に戻りたがっているかのように、長い糸を私の口から伸ばしていた。私はなんだか申し訳ない気持ちになり、せめてもの思いで、細い唾の糸を、口をすぼめて啜った。そこまでしてようやく、私の一連の儀式は終わりを迎え、私は蛇口を閉めながら顔を上げた。目の前にある鏡は今しがた出していたお湯のせいで曇っており、自分の顔をはっきりと見ることはできなかった。
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