『トシ君はカメラ屋さん』第1話
キュウリ母ちゃん
第1話
「ゆうちゃんは誰にチョコあげるの?」
「マー君とトシ君。本当はマー君しか好きじゃないけどね」
「じゃあ、なんでトシ君にもあげるの?」
「お母さんが『トシ君にもあげなさい』って言うから…」
初めて私があげたバレンタインチョコは本命と義理の一つずつ。確か保育園の年長組の時だったから5才か6才の頃の話だ。
私の初恋相手のマー君はクラスで一番足の速い男の子だった。白い肌にクリクリの目。薄茶色の細い髪はいつもサラサラしていて、前開きの襟付きシャツを着ていた。いかにも育ちの良さそうな坊ちゃんって感じの子だ。
一方のトシ君は、近所に住む幼馴染。近くに住んでいるうえに母親同士が昔からの親友で、トシ君と私は、しょっちゅう互いの家で遊んでいた。
彼の両親は町の商店街で小さな写真館を営んでいて、私達の保育園にも、よく行事の写真を撮影に来ていた。幼い私達は「トシ君の家はカメラ屋さんだよね」と言っていた。
皆の王子様的存在であったマー君とは対照的に、トシ君は地黒なのか日に焼けて黒いのか…田舎の健康優良児といった感じで着ている服はだいたいお兄ちゃんのお下がりの首元が伸び切ったヨレヨレのTシャツ。年中半袖なのに何故か風邪をひかない少年。それがトシ君だ。
私は2歳の頃に父を病気で亡くしていて、母子家庭で育った。看護師をしている母の帰りが遅くなる日はトシ君のお母さんがトシ君と一緒に私を保育園から連れて帰ってくれ、そのまま晩御飯まで食べさせてもらっていた。
そんな訳で「いつもお世話になってるんだからトシ君にもチョコを!!」と母は私に言ったのだ。
そうとは知らないトシ君は、
「わぁ!!ゆうちゃんは僕の事が好きなの?」
と、すごく嬉しそうな顔で私に聞いた。浅黒い肌からニッと白い歯が見え、手には私からのチョコを大事そうに抱えていた。
「違うよ。本当に好きなのはマー君なの。」
子供の正直さとは何と残酷なんだろう。
「なんで僕じゃなくてマー君が好きなの?」
確かトシ君はそう私に聞いた。その質問に、当時の私が何と答えたのかは、よく覚えていない。ただ…、
「僕は、ゆうちゃんの事が大好きだから、ゆうちゃんのチョコ、すごく嬉しい。ありがとう」
と満面の笑みで言われた事だけは鮮明に覚えている。
うぬぼれだと言われるかもしれないが、20歳になった今でもトシは“トシ君”と呼んでいた幼い頃から今でも一途に私の事が好きなのだ。
マー君にあげた思いの詰まった本命チョコは、その他大勢のチョコと一緒に紛れてしまったけれど、母親に言われて渋々あげたトシ君への義理チョコは、その後1カ月もかけて大事に大事に食べてもらえたそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます