其の四 駆け引き④

(もしかして……!)


 沙夜はすがるような思いで隣の空き家へと向かった。がらりと引き戸を開けるとそこには、


「おじいさん!」


 旅装束に身を包んだままの謙四郎の姿があった。


「おぉ、沙夜さん。おはようございます」


 謙四郎は少し驚いた様子だったが、以前と同じようににこにこと沙夜を受け入れた。


「つき子さんの姿が見えんばってん、どげんかしたとですか?」


 優しい声音の謙四郎の言葉に、沙夜は緊張の糸が切れたように涙が溢れてくる。それを見た謙四郎はただ事ではないと理解すると、沙夜と共に隣の空き家へと向かった。そこで静かに眠っているつき子さんを見た謙四郎は、


「こいは……!何があったとですか、沙夜さん!」


 さすがの謙四郎も予想していなかった光景に狼狽を隠せない。沙夜は涙声になりながらも謙四郎につき子さんがした怪我のことを説明した。


「そげんことが……」


 謙四郎は言葉を失っている。そこへ謙四郎の付喪神が顕現けんげんした。付喪神は黙って横になっているつき子さんへ近づくと、首から下げている鏡をつき子さんへと向けた。鏡からは暖かな光が出ている。


「何を、しているの?」

「神を生かせるのもまた、神のみ」


 沙夜の言葉に付喪神は短く答え、つき子さんの全身に鏡からの光を当てていく。沙夜と謙四郎は固唾をのんでその様子を見守ることしかできなかった。

 そして数分後。


「……ん」

「つき子さん!」


 つき子さんがゆっくりと重たい瞼を開けた。沙夜は急いでつき子さんの枕元へと這いよる。


「沙夜?私は一体……」


 状況が飲み込めていないつき子さんは、半身を起こそうと片腕をついた。


「駄目だよ、つき子さん!まだ寝てないと、酷い怪我なんだから」

「問題ない。治癒している」


 短い付喪神の言葉を確かめるようにつき子さんの身体のさらしを外してみると、切り傷は深いものはふさがり、浅いものはもうどこに傷があったのか確認することが出来ない。


「すごい……。ありがとう!」


 沙夜が笑顔でお礼を言うと、鏡の付喪神はすっとその姿を隠してしまった。つき子さんは自身に何が起きているのかまだ理解できていない。そんなつき子さんへ沙夜は、つき子さんが三日三晩意識がなかったことを告げた。


「そうだったんですか……。心配をかけましたね、沙夜」

「本当だよ!」


 いつもの柔らかな優しい声音のつき子さんに、沙夜は再びこみあげてくる涙をこらえることなく、つき子さんの胸の中で泣くのだった。

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