其の一 つき子さんと初仕事②
今日の予定は午前中に祇園での取材、午後は京都御所周辺のカフェの取材。そして夕方を過ぎる頃に再び新幹線に乗り込み、会社へと戻ると言うものだった。
「ハードスケジュールと言うやつですね、沙夜」
「これくらいでくたばってはいられないよ」
小声でつき子さんへと返事を返した沙夜は支度を整えると、店主に挨拶をしてバス停のある四条河原町まで歩いていく。初夏の陽気の京都市内は、スーツ姿の沙夜には少し蒸し暑く、歩いているだけですぐに額から汗が流れ出てくる。タオル生地のハンカチで流れてくる汗を
「この辺りも大きく変わったように感じますね」
つき子さんが後ろからついてきながら言う。沙夜はつき子さんの言葉を受けて鴨川へと目をやる。川辺にはカップルたちが等間隔に並んで座り
「四条河原と言えば、その昔罪人の
つき子さんの言葉に内心で、そうなのか、と相槌を打ちながら、沙夜は鴨川沿いを歩いていく。地下鉄の祇園四条駅が見えたところで、地図をたよりに左へと曲がり鴨川を渡っていく。そこから見える河原の様子は、昔そこで晒し首が行われていたことなど微塵も感じさせない穏やかな景色だった。
観光客と地元の人の波に乗って無事にバス停に到着した沙夜は、そこでバスを待つ列に並ぶ。しばらくしてすぐにバスが来た。沙夜は手元の地図にあるバスの系統を確認した。
(このバスだ)
沙夜は前の人に続いてバスへと乗車し、約25分揺られて京都御所近くのバス停である
目的のバス停に到着した沙夜とつき子さんは、スマホのメールボックスに入っている取材先の町屋カフェを巡り、午前中と同じ要領で取材を行っていく。数軒の取材を終えた頃、時刻は間もなく夕刻に差し掛かろうとしていた。沙夜は順調にアポイントを取っていた取材先の取材を終え、京都で行うスケジュールを全て終えている。
そのまま地下鉄に乗って京都駅に戻っても良かったのだが、
「ねぇ、つき子さん。取材も無事に終わって時間も余ったことだし、この辺を少し観光しよっか」
そう言ってスマホを取り出した沙夜は、近くの観光地を検索する。
「やっぱり、ここまで来たのなら御所は見ておきたいよね」
現代の京都の地図を見ながら、沙夜は近くにある御所を目指して歩き始めた。しばらく歩いていると同志社大学の向かいにある
「あれ?おっかしいなぁ?」
そう言って自分のしている腕時計を見やる。そして正面にある御門を再び見上げて首を傾げた。
「どうしたんですか?沙夜」
「ん?なんかこれ、門、閉まってるよね?」
沙夜に言われたつき子さんが御門に目をやると、確かにそこには壁のような扉が閉まっていた。
「閉まっていますね」
「おかしいなぁ。まだ開門していてもいい時間なのに」
沙夜は納得がいかない様子だ。
「ここは大人しく諦めて、他の所へ行きませんか?」
つき子さんの提案に沙夜はもう1度恨めしそうに御門を見上げる。どれだけ見ていても、固く閉ざされた御門が開く様子はなかった。
沙夜は深くため息をつくと、観念したように再びスマホを取り出してこの辺りの観光地を検索した。ヒットした中から沙夜が自分の知っているものを探していると、それを横から見ていたつき子さんが声を上げる。
「あ、
「え?どれ?」
沙夜は突然のつき子さんの言葉に理解が追い付かない。そんな沙夜の様子につき子さんはスマホを指さして、
「これです」
そう言った。そこには確かに『蛤御門』の文字がある。
「はまぐりって読むのか、コレ」
沙夜は変なところで納得している。
「つき子さん、蛤御門に行きたいの?」
「いえ、少し気になっただけです」
つき子さんの口ぶりはいつもと少し違って妙に歯切れが悪い。沙夜はそんなつき子さんを気にしつつも再度スマホに目を落とすと、自分の知っているものがないか探した。
「あ!つき子さん。少し歩くけど、
沙夜はそう言うが、残念ながら門扉のある神社も存在する。沙夜が見つけた晴明神社にも、電動で開閉する
沙夜がつき子さんを見上げると、女性のような端正な顔立ちのこの青年は何やら思案顔だ。そんな様子のつき子さんを見た沙夜が腕時計を確認し、
「つき子さんが気になる蛤御門にも行ってみよう?」
「でも、時間は?」
「取材、早めに終わったし、記事も写真も会社には送ってあるし。少しくらい遅くなっても問題ないでしょ」
あっけらかんと言ってのける沙夜に、つき子さんは柔らかな微笑みを向けると、
「ありがとうございます」
「私とつき子さんの仲ですから」
2人はふふっと笑いあうと、今出川御門から蛤御門を目指すのだった。
京都御所を中心にほぼ長方形に整備されているこの京都御苑の外周は長く、1周4キロほどになる。今出川御門から蛤御門までは京都御苑の4分の1ほどの距離なので、沙夜たちは約1キロ歩くことになる。
今出川御門を出発しておよそ10分経った頃に目的としていた蛤御門が見えてくる。汗ばむ陽気だった日中に比べると気温は下がっているのだろうが、それでもスーツを着たまま歩いていると十分に汗ばんでくる。沙夜は着替えを持ってこなかったことを少し後悔しながら歩みを進めていった。
蛤御門に到着した沙夜は口を開けて間の抜けた顔で門扉を見上げていた。
「ねぇ、つき子さん。この門もやっぱり閉まっているように見えるんだけど、夢かな?」
「いいえ、私にも閉まっているように見えます」
「だよねっ?」
勢い込んでつき子さんと蛤御門を交互に見やる沙夜は、中に入られないことを心底悔やんでいるようだった。
「くっそー!何故だ!何故門が開いておらぬのだ!」
沙夜の口調もこの怪現象におかしくなっている。もしかしたら蛤御門から中にある京都御所へと入れるかもしれないと期待して歩いてきた道のりは、見事に裏切られるのだった。
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