落としものと拾いもの③




少女は新の言葉に躊躇いながらも答えた。


「名前は咲(サキ)。 咲でいいよ。 ・・・家の場所を教えて、何になるの?」


流石に住所を聞かれるのは抵抗があるようだ。 少し怯えた光を目に浮かせている。


「俺の名前は新だ。 今日一日でいいから、咲の家にお邪魔させてくれないか?」

「え!?」

「朝になったら俺の家へ一緒に行こう。 その前に不動産屋へ行って鍵を借りてこないとだけど」


このまま咲を自分の家に置くつもりはない。 彼女を家まで送り、彼女の兄と母に説教をするつもりでいる。 もちろんそれを言えば少女は住所を言うのを拒むだろう。


「でも・・・」

「ここにいる滞在時間の金が惜しいんだ。 咲を養うからには、少しでもいいから節約をしたい」

「・・・分かった」


そう言うと渋々了承してくれた。 一緒にネットカフェを出る。 彼女はお金を持っていなかったわけではないが、その分は奢る。


―――奢ってばかりだな・・・。


ただでさえ持ち合わせの少ない金がどんどん飛んでいく現実をグッと堪え夜道を歩く。 街灯があまりなくとても暗い道だった。


「うわぁ、怖い・・・」


時刻は深夜一時を過ぎている。 彼女は怯えるように言った。


「ったく、仕方がないな・・・」


ここは男である自分が頑張らないといけないと思い、彼女の前を歩き先導した。 だが自分も前が見えていないせいで思い切り電信柱に衝突してしまう。


「ぐぅッ」

「だ、大丈夫!?」

「あ、あぁ、大丈夫だこのくらい・・・」


“また不幸なことが起きた”と思いながら、ぶつかった衝撃でふらふらと歩いていると今度は柔らかいものを踏んだ。 どうやら犬の尻尾のようだ。


「ウゥゥ、ワンワンッ!!」

「ひぃッ」


寝ていた犬を起こしてしまい、深夜だというのに犬は思い切り吠え出した。 驚いた飼い主が家から出てくる。


「ご、ごめんなさい! 尻尾を踏んでしまって、その、夜中にご迷惑を・・・」


数分平謝りの後、何とか解放された。 再び家路に就く。


「本当に散々だね」

「笑うなよ・・・」


笑いながら言う咲に突っ込みを入れた。 それからは不幸が起こることはなく無事に咲の家に着く。 


「お母さんはまだ帰っていないんだっけ? お兄さんを呼んでもらえる?」

「え、どうして?」

「流石に誰にも許可なしでは上がれないから。 挨拶くらいしておきたいんだけど」

「うーん、いいけど寝ているんじゃないかな・・・。 お兄ちゃーん?」


玄関から呼んでもらうとドアの開く音がした。 続けて階段を下りる音が聞こえてくる。 流石に新も緊張していたが、現れた兄の顔を見て流石に驚いてしまった。


―――・・・どれだけ不幸が重なるんだよ。

―――・・・会いたくなかった。


目の前にいるのは友達の徹と元カノの鈴だった。 朝鈴が自分と別れて付き合うといった相手。 徹の家には来たことがないため知らなかった。 二人も新との偶然の鉢合わせに驚いた顔をしている。 

三人の関係を知らない咲は兄たちの姿を見て声を上げた。


「お兄ちゃん、また違う女の人を連れてきたの!? 一体何人いるのよ!」


それを聞いた鈴が黙っているはずがなかった。


「はぁ? え、何? 私の他にも女がいるっていうの?」

「お兄ちゃんには愛人さんがいっぱいいるよ!」


咲のその返事を聞いて、鈴はべたべたとくっついていた徹を突き放した。


「うわ、最低。 新と鉢合わせして最悪だと思っていたけど、それを聞いてもっと最悪になったわ」

「いや、違うんだ鈴」

「もう別れましょう。 貴方とは絶交よ!」


二人と遭遇し新も最悪だと思っていた。 だが目の前で別れてくれたため少しスッキリしている。


「あー、もう萎えた。 私帰るね。 あ、そうだ新。 これ忘れてた、返しておく」


そう言って鈴は財布から小さな鍵を取り出すと新たにそれを押し付けた。 そのまま玄関を通り過ぎ家を出て行ってしまう。 

“復縁”という単語が頭を過ぎったが、徹とべた付いてるのを思い出しすぐに消えていった。 渡されたのは合鍵として渡していた新の家の鍵だった。


―――あ、家の鍵、返ってきた・・・。


場に三人が取り残され気まずくなる。 そこで徹が申し訳なさそうに言った。


「・・・ごめん、新」

「・・・いや、謝らなくてもいいけどさ。 妹くらいは支えろよ。 家族なんだから。 お前のお母さんは子供二人のために、毎日大変な思いをしてんだろ?」

「・・・」


徹は黙り込んだ。 それに咲が冷たい目で一瞥し、新の袖を引っ張る。


「・・・ねぇ、新さん。 落としたと思っていた鍵が返ってきたんでしょ? 私を家に連れてってよ」


流石にこんな空気の場所にいたくないのだろう。 新は彼女の気持ちを汲み取った。


―――まぁ、徹の前でこんなことはしたくないけど・・・。


友達の妹を自分の家に招き入れる。 それを友達本人の目の前でするのだ。 気は引けたが確かに咲をこのままこの家に残したくはない。


「・・・そうしようか」


そう思い二人はこの家を後にした。 咲を家に帰すのは新の中で確定している。 それをどうするのかはまたゆっくり考えればいいと思った。



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