落としものと拾いもの②




新はまず一番の心当たりであるカラオケへと急いで戻った。 


「あの、鍵落ちていませんでしたか?」


ここを離れてからそんなに時間は経っていない。 鍵だから誰かが盗むということもないだろう。 期待を込めて聞いたが、返ってきた答えは『鍵は届いていません』だった。


―――マジかよ・・・。

―――じゃあ不動産屋へ行って、鍵を借りてくるか・・・。


そう思って着いた不動産屋は見事にシャッターが閉まっていた。 


―――どこまで俺はツイていないんだよ。


ポケットから財布を取り出し残りの金額を確認する。 合鍵を作ってもらうにも、あまりに少ない額しか入っていない。


―――ホテルも泊まれそうじゃねぇな。

―――大学の友達の家に泊まらせてもらうのも手だけど、流石に時間帯的にも気が引ける・・・。


その結果、今日はネットカフェで夜を過ごそうと考えた。 ネットカフェで受け付けをし個室へと通される。


―――不動産屋へは明日の朝一で行けばいいか。


このまま寝てしまってもよかったのだが、折角ネットカフェへ来たためネットで動画でも見ることにした。 ヘッドホンのコンセントを差し頭に装着する。 だが動画をクリックしても音が流れてこない。


「ん?」


よく見るとコ―ドが見事に断線していた。 これでは音が聞こえないのも当然だ。


―――ここでも悪いことが起こるのかよ・・・。


店員から違うヘッドホンを借りるのも面倒だったため、適当にネットサーフィンして時間を潰していた。 すると頭上から声がかかる。 


「お兄さん」

「ん?」


密閉空間ではないがここは個室。 それでも不審に思い振り返ると、一人の少女が個室の上から覗き込んでいた。 薄い茶髪がしきりに垂れ、眺めていると明らかに未成年のように見えた。 

そんな彼女がとんでもないことを言い出す。


「高校生なんですけど、私をもらってくれませんか?」


「はぁ? いやいや、無理に決まっているでしょ。 というか、どうして俺なの?」

「今いるネットカフェで、一番若いのがお兄さんだったから」

「・・・」


―――まぁ確かにこんな時間にここにいる人たちは、訳アリそうだよなぁ・・・。

―――そしてこの子も。


「君はどうしてこんなところにいるんだ? 出歩いては駄目な時間帯だぞ」

「帰る場所がないの」


彼女は灰色のパーカーを被っていた。 かすかにリボンが見えるため下は制服を着ているのだろう。 肩から上しか見えないが、捨てられたような子には見えない。


―――・・・家出少女、か。


どう彼女を返そうかと迷っていると、もう一度頼み込んできた。


「だからお兄さん、私をもらって」

「無理だよ。 君は高校生だろう? 俺は成人している大学生だ。 未成年と成人が一緒にいたら、俺が捕まる」

「大丈夫。 私はお兄さんを裏切らないし『自分の意志で付いていった』って言うから」


断固として離れない彼女に言う。


「俺はよした方がいいよ。 俺といると、ろくなことが起きないから」

「それも大丈夫。 悪いことが起きるのはもう慣れっこだから」


その言葉には流石に同情した。


「・・・一体何があったんだよ?」

「その前に、この個室に入ってもいい?」


仕方なく少女を部屋へ招き入れた。 かなり狭いため少女は正座して新と向き合った。 すると自ら自分の事情を話し出すのだ。


「招いてくれてありがとう。 私は今、三人家族なの。 お父さんは私たちを置いてどこかへ行っちゃった」

「お母さんと、兄弟と一緒に暮らしているのか?」

「そう。 お兄ちゃんがいるんだけど、お兄ちゃんは酷い女たらしなの。 毎日女の人を家に呼ぶ。 だから家にいても、私の居場所がないの」

「うわぁ・・・」

「それにお母さんはずっとお仕事。 夜のお仕事って言うのかな? 夜に働いて朝に帰ってくるんだけど、いつも私とすれ違う。 強制的に家事は私がやらないといけなくて。 

 その生活にうんざりしちゃった。 だから家を出た」 

「・・・そっか」


想像以上に重い話を聞かされ困惑した。 確かに境遇という面で言えば新より不幸なのかもしれない。 ただ彼女は綺麗な言葉をかけてもらいたいわけではないらしい。


「だからお願い、私をもらって。 何でもするから!」

「・・・そういう言葉はあまり言わない方がいいぞ。 それに俺は今、家の鍵をどこかに落としたから帰れないんだ」

「え、そうなの?」


そう言えば諦めて去ってくれる。 そう思ったのだが――――


「じゃあ、私も一緒にここにいる。 明日になったら連れてってよ」

「はぁ? 学校はどうするんだよ」

「学校も行きたくない」

「どうして?」

「お兄ちゃんとお母さんのせいで、私はいつも馬鹿にされるの」

「あー・・・」


それ以上は言われなくても察することができた。 色々と事情を聞いていると、同情し助けてあげたいと思うようになった。 ある決心をつける。


「よし、分かった」

「連れてってくれるの!?」


「君の名前と、君の家の住所を教えて」


「・・・え?」



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