第3話 屋上で話したいこと
ドアの開いた音に反応し、ふたりは俺を一点に見つめる。ふたりとも目を丸くさせ、硬直している。夕日を浴びたふたりの妖艶な美少女、まさにそんなところだ。
――えっ、えっ、なんでふたりが!? つーか、なにこの状況!? ふたり、百合なの!?
動悸が収まらず、その場から動くことさえできない。お互いそんな感じだが、俺には目的がある。天宮さんが座るその机の中に。
意を決してまっすぐに歩みを進める。どう見てもふたりに向かって歩いている風にしか見て取れないだろうが、俺が目指しているのは巨乳ギャルだ。いいところを邪魔してすまない。
「ちょっとスンマセン」
片言のようになりながら、机の中を漁る。間近くで座る天宮さんの艶めかしい太ももと、その広げられた足の間に入る星乃さんのスカートにドギマギさせられ、手が震える。
震える手でブツを捉え、机の中から引き出すと、四つん這いの彼女の表紙が上になっており、ふたりに内容がハッキリと伝わった。すぐさま見上げると、軽蔑の眼差しを同時に受ける。
――なんで俺がこんな目に。これじゃ、完全にエロ本好きの変態じゃん。まぁ、言い訳できないけど。
「し、失礼しましたっ」
軽くお辞儀をして、全速力で教室を飛び出した。彼女たちへの配慮で、ドアはしっかり閉めておいた。
エロ本片手に涙混じりで廊下を走った。
泣きたい理由はふたつ。
ひとつは、片思いのふたりが百合だったこと。告白する前に俺の恋は砕け散った。それも同時に。だって、女の子好きなら勝てるわけないじゃん。
もうひとつは、自宅から手ぶらで来たこと。エロ本を取りに来たってのに鞄ひとつ持たずに来たため、道行く人にご開帳状態じゃないか。表紙を胸に押し当てて走っているが、周りから見える裏表紙もヤバいんだって。ギャルの腕組みの上におっぱいが乗ってるんだって。裏表紙は普通白地で値段だけ書かれているんじゃないのか。そりゃあ、愛梨沙ちゃんにバレそうになるはずだ。つーか、よくバレなかったな。颯斗のヤツ、ステルス業でもやりゃあ良いのに。
ただでさえエロ本が目を引き、歩く学生やリーマンがこちらを見るのに、泣いているもんだから痛い子を見ている感じになっている。もうお嫁に行けない、まさにそんな気持ちだった。
全速力で走ること10分。なんとか自宅にたどり着く。
この時間は、親父は仕事、母さんは買い物、美羽は自室なので助かる。ここまで来ればもう安心だ。
玄関ドアを開けて中に入る。
――ッ!!
中に入ってすぐ、階段から下りてきた美羽と遭遇する。気が動転し、エロ本を玄関口に落としてしまった。
「なにそれ?」
シラーっとしたジト目で美羽が俺を見てくる。
「ち、違う! これは――」
「死ねっ! クソアニキっ!」
愛しい美羽が罵詈雑言を浴びせてくる。小さいころの美羽に言われた「お兄ちゃん、だ~い好き」という言葉が何度も何度も頭に響いていた。
怒り心頭でリビングに入った美羽を見て、俺の頬を涙が伝う。落ちたエロ本を拾い上げ、階段をあがった。
自室の中、失意に塞ぐ俺は、そんな心情の中でもエロ本のページを捲っていた。男って馬鹿だな、と思いながらも、超エロい中身にムラムラしていくのだった。
※※※
次の日の朝。
身体に怠さを感じながらベッドから起き上がる。
悲しい気持ちは時を経て少しは軽減されていた。
スマホの着信音が鳴り、メール確認をする。
『昨日のアレ、どうだった?』
颯斗からのメールだ。
『最高だった』
昨日の夜、お世話になったお礼も込めて返信する。
『そうだろう。途中、天宮さんっぽい子いただろ?』
ここで颯斗が地雷を踏む。忘れようと閉じ込めた記憶の風船が破れ、昨日の夕暮れの光景を思い出させる。そしてまた失意になる。
『俺、今日学校休む』
『おいっ、なんでそうなんだよ。二日目にしてサボりか? 絶対来いよな』
『おまえのせいだ』
『はあ!? 理由は学校で聞いてやるから来い』
俺の中では休む方にシーソーは傾いていたが、親友が傷を癒してくれそうだと思えた瞬間、俺はメールを送信していた。
『了解』
やはり、持つべきものは彼女じゃなく、親友だな。
勇気を持った俺は自室を出る。そして、美羽に出くわす。
「お、おはよう」
「ヘンタイ」
目も合わさずにそう言ってきた。また、休むという選択肢が浮上するも階段を下りた。家族団欒のはずの朝食がお通夜のようだったことは言うまでもない。
教室に入ると、まだ颯斗の姿はなかった。ふたりは来ていたが、天宮さんは俺を見て気まずい顔になり、すぐに目を逸らしてきた。いっぽう星乃さんはいっさいの雑念を捨て、読書中だった。俺など眼中にないといったご様子だ。
自席に腰を下ろして机の上を見る。ここに天宮さんが座っていたのだ。机の右半分だったはずだ。まだ臀部の匂いが残っているだろうか。だが、ここで嗅げば変態確定となる。天宮さんは逐一俺を確認しているようだし、禁忌だ。
そんな折、うしろのドアから親友が入ってくる。
「よお、真尋。ちゃんと来たんだな」
「あぁ」
そもそもこの話題を颯斗に相談できるのか?
美羽にエロ本を見られた話題は振れるが、あのふたりのことは決して口外してはならない気がする。ふたりのイメージが崩れるだろうし。いや、百合だとわかれば女子ウケはするのか。
「で? なんで休もうとしたんだ?」
「おまえが言ってた子のページにアレが飛んだんだよ」
どちらの話題も結局振ることはできず、咄嗟にありもしない嘘をついた。
「おまっ、なにしてくれてんだよっ。俺の大事な愛読書にっ」
「スマン。拭いとくから」
「ったく。念入りに頼むぞ。俺、あの子お気に入りなんだから」
というより、その子がどの子なのかわからないんだが。数ページ見ただけで全ページ見てないから。
今日から平常授業とあって昼休みが挟まる。俺と颯斗はふたり食堂で定食を食べた。この時期はまだサボり組が少ないため、普段以上に食堂が混雑し、空き席を探すのに苦労した。
午後授業が開始されて、俺はあることに気が付いた。午後一発目の数学のテキストを出そうと机の引き出しに手を入れた時、折りたたまれた一枚の紙が入っていたことに。
隣に座る颯斗は爆睡していたので、教科書を盾に開けてみる。
『話があるから、放課後、屋上に来てほしい』
ただそれだけが書かれていた。名前などいっさいなく、ただそれだけだ。
昨日の今日なので、あのふたりのどちらかかと思ったが、どれほど目配りさせても彼女たちが俺を見ることはなかった。
――いったい誰なんだよ? あのふたりじゃないのか?
ここで少し期待感が募る。昨日、俺を見て一目惚れをした子がこの中にいるのかもしれない、と。屋上で告白され、俺にもとうとう春が。
誰だ誰だとクラスメイトの女子たちに目を向けていく。どの子も上玉ばかりだ。流石は愛咲高だ。誰から告白されても即答しよう。OKと。
そんな思いの中、時間は過ぎていった。
放課後。再度、ふたりに視線を向けるも状況に変化はなし。
「真尋、今日一緒にゲームしようぜ?」
「スマン。今日は俺が都合悪くなった」
「え? そうなのか。なら仕方ねぇな。んじゃ、俺さき帰るわ」
「ああ。悪いな」
颯斗は誘いを断られ、渋々ひとり帰宅の途に就いた。親友に嘘をついている自分に罪悪感を覚えながら、颯斗が消えたあと、鞄を片手に教室をあとにした。
目指す場所は決まっている。普段は向かわないはずの上り階段に足を踏み入れ、最上階まで駆け上がっていく。そこまでの道、誰とも会うことなく到着する。
――つーか、俺、屋上来んの初めてなんだけど。入れるんだよな?
屋上へのドアのノブを掴み、回してみると案外軽くドアは開かれた。夕日を浴びて赤くなる屋上のコンクリート床は幻想的だった。周りを取り囲む柵によって外にもかかわらず閉鎖的に思えた。春にしてはまだ風は冷たく、しかし新緑の香りは鼻をくすぐる。
この場所、すごく良い。
景色に気を取られ、ここへ来た理由を忘れそうになる。やるべきことを思い出し、辺りを見渡すも誰もいない。人を呼んでおいて放置プレイなんてことはないよな?
突然、入り口のドアが開く音がする。錆び気味のそれが開けば、遠くのここまですぐに届くからわかる。
手紙の主だろう人物を見ようと入り口に目を向ける。
――ッ!!
そこには天宮さんが立っていた。
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