第2話 夕暮れの教室でそんなこと……

 颯斗とふたり新教室の前に立つ。


「俺、緊張するから真尋が先に入ってくれよ」

「やんちゃ風があがり症とか……よし、じゃあ先に行ってやる」


 勇敢な俺を乙女のような眼差しで見てくる。できればもう少し目を見開いてくれ、怖いから。


 がらりという音と共にドアは開いた。前方ドアにクラスメイトたちの視線が集まる。だが、モブキャラの俺たちには興味を示すヤツなどなく、すぐさま会話に戻っている。

 そんな中、ひと際目を引いたのはさっきのふたり。


 天宮さんは多くの女子に囲まれながら立って談笑している。リア充を絵に描いたようだ。俺たちとは住む世界が違う。

 いっぽう星乃さんは指定の席に鎮座し、ひとり黙々と読書に励んでいる。クールな様に拍車が掛かる。それに気づき、多くの男子生徒が星乃さんを見つめている。好き好きビームを一点に浴びても動じることはいっさいない。カッコいい。


 黒板を見て指定の席を確認する。


「おいっ、俺たち隣じゃね?」


 颯斗の言葉に番号と机を交互に見やると、確かに俺らは最後列窓際とその隣だった。このクラスにラ行とワ行がいなかったことが理由のようだ。つまり、俺が一番うしろというわけだ。更には、ハ行とマ行も人数は多くなく、颯斗が右隣という好位置につける。新学期早々、最高の出だしだな。

 星乃さんは俺の前方で、前からふたつ目。

 天宮さんは一番先頭なので、右最前席――入り口ドアのすぐ脇だ。俺からは一番遠い位置だ。


 だが、これで良い。ふたりと離れているからこそ、気の迷いなく告白できる。これがもし隣同士だったら、フラれたあと居たたまれずに死んでいただろう。




 チャイムが鳴り、各々指定の席へと戻っていく。そしてすぐ担任が前から入室してきた。顔より先におっぱいが現れる。あのおっぱいは、男子生徒憧れの坂巻さかまき先生だ。


「やった、坂巻先生じゃん。1年間、あれを拝めるな」


 颯斗も同じことを考えていたようだ。ガッツポーズをしている。ほかの男子生徒を見ても同じポージングだ。


 始業式用に着てきた紺のスーツが映える。上着のボタンは今にもはじけそうだ。黒髪ロングをうしろで束ね、凛とした面持ちだ。


「えー、なんだ、今年2年1組を担当する坂巻さかまき莉子りこだ。よろしく頼む」


 その素晴らしいボディとクールでツンな話し方。ゾクゾクする。男勝りなのにモテる理由がそこにある。彼氏の前ではデレるんだろうか?


「じゃあ、今から始業式だから、みんな講堂に移動してくれ」


 坂巻先生の合図で一斉に生徒が教室を出て行く。そんな中、颯斗だけが俺を制止させ、その場に残れと視線を送ってくる。


「なんだ?」

「ちょっとおまえに頼みがある」


 そう言って颯斗は学生鞄の中から一冊の本を取り出した。


「おまっ、これ」


 日本のギャルたち、と題されたエロ本だ。表紙のギャルは四つん這いになって自分の指を咥えている。表紙から飛ばしてんな。


愛梨沙ありさにバレそうだから預かってくんないか?」


 がみ愛梨沙ありさ――颯斗のひとつ下の妹だ。俺らと一緒に幼少のころからよく遊んだ仲だ。だが、兄同様、目つきは悪く、茶髪に染めたロングヘアも相まってヤンキーギャルといった見た目をしている。強面だが、兄同様、小心者の怖がり。だが、颯斗と違うのは、それを隠そうと必死に強気を演じることだ。いわゆるツンデレちゃんだな。

 兄妹の仲は悪く、幼少から喧嘩ばかり。いつも俺が仲裁に入っていた。こんな本、愛梨沙ちゃんが見つけたら颯斗の命はないだろうな。ギャル特集だし。しかも巨乳ものだし。

 なぜ巨乳ものでキレるのか、それは愛梨沙ちゃんの胸が貧しいからだ。こんなこと本人の前で言えば俺も殺されるだろうが、確かに寂しい方だ。それをコンプレックスに感じているため、胸の話題だけはご法度なのだ。


「おいっ、おまえら急げ」

「――ッ!」


 坂巻先生が教室を覗きに来た瞬間、俺は光の速さで自席の机の引き出しの中にエロ本を突っ込んだ。本当に間一髪だった。


「はいっ、いま行きます」


 おいっ、颯斗。声上ずってるぞ。


 坂巻先生を追いかける形で俺たちは教室をあとにした。




 始業式は何の代わり映えもなく、平凡に終わった。その後のホームルームも同様だった。

 午後授業のない初日はすぐに放課後となった。


「真尋、帰ろうぜ」

「おう」


 本日はふたりとお近づきになることはなく、何の進展もなかった。肩から学生鞄をさげ、ふたりして下校した。


 正門で俺たちは別れる。方向が違うからだ。


「なあ、颯斗んちでゲームしたいんだけど」

「わりぃ。今日店番があるから無理だわ」

「そっか」


 颯斗の家は野上庵という老舗和菓子屋だ。長男の颯斗は次期八代目として修行の一環と称して手伝わされている。


「また今度な」

「ああ。頑張って饅頭売ってくれよ?」

「おうよ。八代目の力、見せてやんよ」


 腕まくりをし、肘を曲げて拳を天に突き上げて和菓子屋の誇りを見せてくれた。

 その後、手を振りながら俺たちは別れた。




 まっすぐ自宅を目指し、玄関ドアの前までたどり着く。そこでしばらく精神統一をする。

 なぜそんな儀式が必要なのか、それは中にいるであろう人物との戦いに備えて、だ。それは親父でもなければ母さんでもない。


「ねぇ、邪魔なんだけど」


 背後から声を掛けられて急いで振り返る。

 シャギー入りの黒髪ショートヘアの美少女がそこにいた。同じ制服を身に纏い、緑のリボンを付けている。


 そう、これが戦う相手――ゆう美羽みう、俺のひとつ下の妹だ。


「ご、ごめん。おかえり、美羽」

「名前で呼ばないでっつってんでしょ。早くのいて」


 俺の横を素通りし、美羽が玄関ドアを開ける。そのあとを追って俺も中に入る。


「初日どうだった? 友達できたか?」

「アニキには関係ないから」


 靴を脱ぎながら鋭い眼光を向けられる。

 小学生のころまでは凄く仲良かったし、お兄ちゃんと呼んでくれていた。だが、中学にあがったころから様子が変わり、厳しい態度で接してきて呼び方もアニキになった。嫌われることをした覚えはないのだが。

 愛梨沙ちゃんと大の仲良しなので、話し方を真似ているのかもしれない。あちらも兄貴と呼んでいるから。

 愛梨沙ちゃんは見た目がそれ系だから許せる。だけど、美羽は可愛い系なんだ。うぶな美羽には全然似合わないし、昔に戻って欲しいと常々思っている。


 俺を無視して階段をあがっていった。ちらりとピンクのパンツが見えてしまったことは内緒だ。そこは可愛い系を穿いているんだな。


 重い足取りで階段をあがる。階段から一番近い自室のドアを開けると、憩いの場が広がっていた。

 勉強机の脇の本棚には漫画やラノベ。その隣のガラス扉の中にはハード用のゲームソフトが多数並べられている。

 最近購入したバトロワゲーのパッケージを手に取り、CDをハードにセットする。昼食用に購買で買ったパンを頬張りながらプレイした。




 ゲームをすること3時間。時計を見ると夕方4時になっていた。


 ――結構、遊んだな。そろそろ別のことをしよう。あっ、颯斗から渡されたエロ本でも見るかな。


 おもむろに鞄を漁るもブツがない。在りかを探るため、少し前の記憶を巡らす。


 ――あっ、今日授業なかったから机の引き出しの中に入れっぱなしじゃん。誰かに見つかったらヤバいし、取りに行くか。面倒くせぇけど……。


 制服から着替えることなくゲームをプレイしていたため、出掛けるにはちょうど良かった。初日から二度も学校に行く羽目になるとは思いもよらなかったが。巨乳ギャルのためだ、仕方ない。




 自宅を出て歩くこと15分。夕暮れで赤く照らされた愛咲高が目に入る。

 急いで教室を目指す。

 2年1組の看板を見つける。こんな時間帯に誰もいるはずはないだろうと思いながら教室のうしろのドアを開けた。


 ――ッ!!


 俺は自分の目ん玉が取れるかの勢いで大きく目を見開いた。

 なぜなら、天宮さんが俺の机に座り、星乃さんが口づけをしようとしていたからだ。

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