夕宮市奇聞録
@TANABUTTON
逆行図書館
小学生の頃、ダムウェーターに乗り込んで階の移動を行うという愚かで可愛らしい試みを、給食などの運搬を目的として校舎内に設置されていたものを見て思い立った……というひとは多いのではないでしょうか。ダムウェーター。わかります?人が乗れない、荷物だけ運ぶ用のエレベーターをそう呼ぶんです。
実行に移した人はたぶん稀で、実行した人はたいへんな目に遭ったでしょう。親や先生に叱られるとか、いろんな意味で。
……は?なんです?ダムウェー“ダ”ー?
“タ”だと差別用語?『口の利けない給仕人』に…?ああ、そうですか。そうなんですね。はぁ……
いえいえ、アルバイトとはいえ図書館の職員ですので。文章には気を配らねばなりませんね。文句などございません。はい。ありがとうございました。以後気を付けます。絶対に使いませんとも。
窮屈な知見も得たところで、ハイ。本題に参ります。
あなた、国会図書館ってご存じですか?なんでも日本で発行されたすべての本が収蔵されているとか。逆に、ここに無い本を持っている方は大層なビブリオマニアと存じます。ぜひ
は……?そりゃあ、書店や古本屋ではなく、図書館にご来館されるような方に貴重な資料を扱わせたりしませんとも。お客様ならともかく、単なる利用者ですからね。よもや自分をVIPか何かとでも……ハハハ。
客単価がゼロ円の仕事というのは本当に、もう、とんでもないですよ。だからって一冊十円で貸したりしたらそれはそれで“カネを払っている”という大義名分を得てしまうので……余計にね…?ああもう、貧しいってホントにイヤですね。貧すればいろんなものが鈍するのです。モラルとか。
……ああごめんなさい。よもや知と書を愛する利用者の皆様の愚痴などでは御座いません。ええ。時折、時折ですが、注意書きも読めないのに本を借りに来て、知性もないのに知識をひけらかそうと勝手に本に文字を書き込む変な生き物が来館するので、そういった方々に向けた、単なる感想でございますとも。ご安心ください。
さて、国会図書館。例えるならすべての神社に対するお伊勢さんのように、すべての国内図書館の頂点でございます。
なんせ、どんな本でも刷ったならば一部はここに納めなければなりません。先も述べた通り、国内で出版された本はすべてここに蔵書として納められます。もし、世に二冊と無い本があるとすれば、まず間違いなくそれは国会図書館にある。ということになるのです。
しかし、中には、稀なケースですが、国会図書館には無い本を収蔵している図書館というものが少なかろうともあります。大学図書館なんかはそうですね。あるいは、そもそも収蔵対象で無い本はもちろん置いていません。例えば、古い図書館の目録を装丁してまとめた本なんかはいちいち集めないでしょう。後は同人誌とか。モノにもよるらしいですが、二次創作だったりしたら論外でしょうな。
そういった、国営のナンカシラを出し抜くような収蔵物を有する図書館というのは、勤めていて少し誇らしくなるものです。別に私が政府に歯向かうことで法悦を感じるようなファッションアナーキストというわけではなく、行政が追い付かないほどの歴史や、そうした本を寄贈してくださる縁に恵まれている施設に属している、というある種の優越感。
で、私が勤めております夕宮市立中央図書館ですが、生意気ながら木っ端アルバイトとして自信を持って標榜できます。
『うちの図書館では、どこの図書館にも置いていない資料を世界一収蔵している』と。ええ。『世界一と言ってもいいほどに』などと逃げ口上を打つつもりもありません。紛れもなく、世界一です。アメリカ議会図書館など目じゃありません。億です。当館には億を超える蔵書がございます。
まあ、映像媒体や音楽CDなどの資料は、残念ながら、アレですが。無いのですが……
とはいえ、本当に世界一ですとも。今のところは。
あ、より厳密に、誤解のないように申し上げますと、『どこの図書館にも無い本の数』で『世界中の図書館が収蔵するそこでしか読めない本の数ランキング』の一位なのではありません。
『どこの図書館にも置いていない本の数』だけで『世界中の図書館の蔵書数ランキング』で世界一なのです。ええ、もっとすごいのです。
……ところで、『当館のみが所蔵する本』の表現として『稀覯本』という言葉をあえて使わなかったのには理由がございます。あえて、あえて『どこの図書館にも無い本』という言い回しをしているのは、当館で極秘に所蔵している資料の数々はすべて『この世に存在しない本』なのです。この世に無いので、誰も書影を見たことは無いし、稀覯もへったくれもございません。
では、『この世に存在しない』のにどうやって収蔵しているのか。とはごもっともな疑問であり、私も真相のはぐらかし甲斐があるというものです。
とはいえ、ええ。ネタをはぐらかすのが好きな連中というヤツは気色悪いことにネタをほのめかすことも好きなのです。なので、一つだけこの不可思議にして奇天烈な妄言の含意を取る手がかりを。
“当館が収蔵する『この世に存在しない本』の蔵書室には数十億をゆうに超える資料が収められておりますが、いずれも『他館が収蔵する稀覯本と重複するものではありません』。”
まあ、そりゃそうですね。なんせこの世に存在しないのですから……
ああごめんなさい。これは絶対に言っておかなければならなかったのですが、遅れてしまいました。
何度も述べた『この世に存在しない本』ですが、利用者の皆様への貸出し、及び閲覧、複写のお申し込みは一切受け付けておらず、蔵書室への立ち入りもその一切を禁じます。
これは夕宮市立中央図書館の決定ではなく、単なるアルバイト職員である『私』の決定でございます。
書を愛するものとして、書を愛するあなたへの、私からの精いっぱいの心配りであります。どうかご了承願います。
それでも気にしてしまう人のサガ、大いに共感奉ります。ですので、私からはその『存在しない本』のお話だけを……
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