ぼくたちのまち正常化三分間クッキング

「この国は『変な人』に非常に不寛容だからな」

「それは別にいいんス、見慣れないものに警戒するのは本能ですし」

「 ふむ」

「本当に問題なのは、障害があってもそこそこ生きて行けちゃうってことなんスよ」

「ほう?」

「そもそも障害って「病気だからやさしくしてあげましょうね~」みたいなノリじゃないスか。 実際には「背が高い」とか「髪が赤い」みたいな単なる身体的特徴なんスよね。なので障害がない人をわざわざ「健常者」「定型発達」とか区別する動きすらありますしおすし」

「つまり障害があるのが普通と」

「んで、普通だからこそ生きていけるけど実際は普通じゃないからどっかでムリしてるし、ムリは必ず悪影響を及ぼすんス。

だから気づいたときには手遅れだったりするんよね・・・それが「生きていける」のが問題だって思う理由ッス」

「ふむ。成熟してから発覚するパターンの場合、その段階では本人や周囲の受け止めが不可能で取り返しがつかなくなることもあるだろうな」

「そっスね。じゃけん「大人の障害」に対する受け入れ体制を急ピッチで進めましょうね~」




「たとえば、『かかったら2秒で死ぬ病気』があったらそりゃあ全人類警戒しますけど、10年~100年のどっかで死ぬっていわれても誰もなんも言わないッス。

ただし、後者は全人類の99%がかかっているとしたら…?」

「ふむ…周囲の理解がなくては、障害を抱えて生きていくのは辛いだろうな」

「たぶん忌み子だの狐憑きだのいわれて放逐されたり幽閉されたりしまスね」

「…」

「ただ、障害があっても生きていけないわけじゃないのはさっき言ったとおり」

「程度があるからな」

「ようするにムリして通さなきゃいけない部分をお互いカバーできりゃいいんスよ。

アンタは腕がない、そしてアタシは足がない、助け合って生きようって言われてウンって言わない人いませんよ。

なのに、みんな手が生えてないのに「生きていけるなら大丈夫でしょ」って無視してるんス」




「アタシいまからウソつきまーす」

「うん?」

「だまされたらシュート!っていうんスよ」

「いいだろう。言ってみろ」

「人類に一番多い障害はなんだと思いまス?」

「なんだろうな…歩行障害?視覚障害?ふむ。専門外なのでまるでわからん」

「答えは『右利き』ッス」

「・・・どういうことだ」

「そもそもッスね、人体は左利きとして作られてるっぽいんスよ。

脳の一番ぶっとい神経がなぜか首のあたりで交差してるって聞いたことないッスか?」

「ああ…たしか脊椎のあたりで左右が入れ替わるという」

「右脳で左腕を制御してるとかってやつッスね。んで左利きの人は右脳が発達するから珍しい形質が発現するとかなんとか」

「聞いたことはある」

「だけど首のとこで交差する理由がわかんないんス。

なので今は『ホントはまっすぐなんだけどたまたま交差する遺伝子だけ生き延びた』って説が有力なんスよ

・・・さー!どこからウソでSHOW!?」

「・・・左利きのほうが実は多い、とか」

「いや・・・さすがにそこではないッスよ。穿ち過ぎっていうか…所長ホントに瑣末事には興味ないんスね」

「では、神経の交差は実際はない、とか」

「そこも事実ッス」

「右脳と左脳の機能差か?」

「んー、聞きかじっただけッスけども…ウソではないッス。というか証明できないウソってやつッスね。アタシがついたのは明確にウソとしてついたウソッス」

「進化論から考えればたまたま生き延びたってことはないはずだが…」

「そっスか?たまたま生きれたらたまたま生き残るんじゃない?」

「環境への適者生存というものがある。生存に関係ない条件なら左右で同じ数になるはずだが…何らかの理由で右利きのほうが多くなるはずだ」

「シオマネキっていう、やたら片方だけでかいハサミをもったカニがいるんスよ。そいつらは右利きが…って、なんか話ズレてきたッスね」

「もういい。結論を聞きたい。はっきり言って面倒だ」

「…正解は『右利きは障害である』『左利きが本来である』『交差してる理由は未解明』がウソでしたー!」

「…shoot」

「障害として扱われたことがあるのは左利きの方ッスね」

「ふむ。左を矯正されて左右盲になることもあるというな」

「今は単なる個性として扱われてるっしょ。アレと同じになればいいし、いずれなる」

「…なるほど?そういうことを言いたかったのか?」

「ただ、いずれなるものに対して今無関心でいていいかと言えばそうではないッスよね…教育をなんとかしろって思うのはそこなんスよ」

「…君は…いやなんでもない。しかしそうすると…どうするつもりだ」

「カンタンッス。全人類障害者であると国連あたりが言えばいいんスよ

…まあ、副作用もありますが」

「人としての健全さを、全人類の一人ひとりが否定されるようなものだ。反発の大きさは計り知れん」

「そっスね。でも、それだけじゃ済まないッス。下手したら世界大戦よりとんでもない結果になりかねない。人類総障害者説はすなわち人類史の否定につながるんスよ」

「ほう…そのこころは」

「歴史を編纂してまで正しいとしてきたものが、実は機能不全者達によって『のみ』作られたものだと知れたらどれほどの混乱があるか計り知れないッス」

「…現在の定義で歴史を解釈するのは…歴史の改竄だ」

「そういうこと。だから歴史は歴史としてそのままでいいんスが、解釈を変えなきゃいけなくなる。そうしないと辻褄合わなくなりますからね。

宗教、教育、テクノロジー、医療、その他もろもろで分断された文化同士がお互いを否定し合うこれ以上ない『実弾』を手に入れてしまうようなもんなんス。」

「…愚かだな。人類は。」

「まあまあそう悲観的にならずに。スマイルスマイル」

「そうは言うがな。これは地球規模で焚書が起こるようなものだ。人類が積み重ねてきたものを、人類自身の手で毀釈し、また1から作り直すというのか。そのためのコストは。手段は。まだそれを行えるほど人類は悲観しないとも言い切れない」

「そーッスねぇ…でも、なにか始めるのにはまだまだ遅くない…というより、永遠に続くものと仮定すれば、いつが遅いなんてことは定義できませんし、人類は永遠に続けるつもりでいるべきなんスよ。そうしない理由がないですからね」

「…さすが、神を自称するものは言うことが違うな」

「アタシたちに出来ることは少ないです。でもカンタン。いつもどおり生活して、ちょっぴり他人を気にかけるだけでいいんス」

「難しい注文だ。俺の行動理念に反する」

「ん?所長は他人を気にしないようにしてるんスか?」

「無用な干渉は互いにロクなことにならん。経験上、それがわかっている」

「…本来はね、それでいいんス。だってそれが一番コスパいいッスからね。

そして、それでいいようにしなきゃイカンのですよ。

だから、教育の出番なんス」

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