第256話 白桃女子のくせ者リードオフマン②

打席に立った乃愛は凄美恋の表情が緊張でぎこちないことをすぐに見抜いた。


(普通に立っていたらフォアボールをもらえそうね。だけど、それだけではもったいないわ。勝つ可能性を1%でも上げるには、もっと徹底的に崩しておきたいわね)


夏の大会の映像を見た限り、凄美恋の投手守備はあまりうまくなさそうだ。とくに精神的にあまり強くはないのか、緊張しているときにはまともに守れてはいなかった。それならば……。


乃愛は2球続けてボール球になった変化球を見逃した後、3球目もボール球になりそうだったスライダーを強引にバットに当てにいく。ただ当てただけの打球は、送りバントみたいに弱い球足になり、ちょうど投手と一塁の間くらいに転がっていった。


本来ならファーストを守る春原怜に打球処理を任せて凄美恋は一塁のベースカバーに入らなければならないような打球なのに、凄美恋が焦って無理に取りに行く。怜もボールを追っていたため、一塁ベースが空いてしまった。セカンドの菱野真希もあまり臨機応変に対応ができないのか、一塁に向かうのが遅くなっている。


そのせいでがら空きになってしまっていた一塁ベースを踏んだ瞬間に乃愛は一塁ベースを蹴って、二塁へと向かった。


すでに投手の凄美恋がボールを掴もうとしているのにもう一つ塁を狙うなんて本来ならあり得ない行為。だけど、乃愛は凄美恋がまだ動揺していることを見抜いて二塁に向かって走った。


初回から大きな賭けにはなるけど、そのくらいしなければベスト4への道が見えてこない戦力であることは乃愛が一番よくわかっていた。とくに相手の桜風学園には、いざとなれば湊由里香が控えている以上、リスクを負ってでも常にリードできる状態でいなければならない。


「凄美恋、二塁!」


桜風学園のサードを守る小峰華菜が内野手の中で唯一冷静にランナーである乃愛の動きを察知して、大きな声で凄美恋に指示を出す。


思ったよりも速いタイミングで二つ目の塁を狙っていることがバレてしまったのは誤算だが、ショートを守る菱野咲希の二塁へのカバーの動きがかなり遅れている。


(いける……!)


乃愛がヘルメットを飛ばしながら誰もいない二塁ベースに頭から滑り込むと、「セーフ」という審判のジャッジが聞こえた。


頭から勢いよく地面に飛び込んでユニホームを泥だらけにしているところなんて絶対に両親には見せられないけど、そんなことはどうでもいい。


凄美恋の送球が逸れて外野までボールが転がって行ってしまいそうになったのを咲希がグラブの先っぽでボールを捕ってなんとか止めはしたが、捕球した場所はセカンドからは大きく離れた場所であり、当然乃愛にタッチなんてできるはずはない。


乃愛が白桃女子のベンチの方に向けて右手を掲げると、ベンチの方からも盛り上がっている声が聞こえてくる。乃愛が大きな賭けに成功して俄然白桃女子ベンチは盛り上がりだした。


白桃女子は乃愛の瞬時の好判断により、いきなりノーアウト二塁のチャンスを作ることができた。

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