第239話 アクシデント⑤

「失礼します」


「別にお前らがいつも使ってる部室なんだからそんな畏まって入って来なくてもいいだろうよ」


「一応監督に呼び出されていますので」


先ほど富瀬相手に方言ばりばりのため口で話していた凄美恋と違って由里香は礼儀正しく入室してきた。


「まあいいや。礼儀正しいことは良いことだしな。けど今はそんなことはどうでもいいんだよ。明後日は先発を雲ヶ丘にしようと思うからそのつもりでバックアップ頼むぞ」


「え? どうしてですか?」


富瀬の言葉に由里香が明らかにムッとした口調で反発した。華菜は心の中で、エースとして無理してでも由里香さんが投げたい気持ちはよくわかりますけど、今は肩を大切にしてください……、と珍しく富瀬の味方をしていた。


「どうしても何も1,2回戦完投してるし、準決勝以降万全の状態で投げてもらわないといけねえから、準々決勝は先発させねえってだけの話だよ」


「準々決勝も準決勝も決勝も全部完封するんで私に先発させてください! 準々決勝と準決勝の間は日程が空いていますし、トーナメント戦は1つ負けたらそこで終わりなんですよ?」


秋季大会は基本的には土日祝の学校が休みの日をメインに日程が組まれているから、1,2回戦と準々決勝は4日で3試合を消化するきつい日程になっているが、準々決勝が日曜日なので、その次の準決勝は土曜日にあり、そこはとても緩い日程になっている。


肩を痛めているはずなのに由里香は全試合投げ抜くつもりでいるようだ。背番号1を付けている者として最初から最後まで大会を通してマウンドにいたいという意地があるのだろう。


「由里香さん、気持ちはわかりますけど、肩の調子が良くないんだったら無理しない方が良いです。明後日は凄美恋を信じてバックで支えましょう」


華菜が優しく諭す。将来はプロも目指すのだろうし、投げられないのは辛いだろうけど、ここで無理をするのはよくない。


「え? 肩? 私の肩がどうしたのよ?」


「え? 由里香さん肩の調子が悪いんじゃないんですか?」


「そんなわけないでしょ。華菜だって今日のわたしのピッチングしっかり見てたわよね? 悪いどころかむしろ絶好調よ。今も気分よく軽い投げ込みしてたところよ」


由里香が怪訝そうな顔をしてため息を吐き出してから続ける。


「ああ、なるほどね……。だから投げ込み中の私を呼びにきた凄美恋が凄い顔してたのね……」


「えぇっ!?」


華菜が富瀬の方を睨んだ。


「「あの、富瀬先生監督説明をお願いします!」」


華菜と由里香が同時に富瀬に向かって説明を求めた。

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