第234話 復活の由里香③

「その代わり、もし明日を乗り切れたら準決勝に勝機はあると思うよ」


「準決勝の相手が岡山文学館だとしてもですか?」


明日の準々決勝を無事に勝ち上がれれば名門の岡山文学館と準決勝で当たる可能性は高い。


「うん、相手がどこでも。なんなら星空学園と当たっても互角に戦えるかもしれない。そのくらい、今の湊さんはとんでもないよ」


「そうですよね。今の由里香さん、本当に無敵って感じですよね。でも――」


「でも、それは湊さんのスタミナについて何も考慮しなかったときの話」


華菜が言う前に、美乃梨が華菜の言いたかったことを代わりに言ってくれた。だから、華菜は同意の意図で頷いた。


「華菜ちゃんも気づいていたと思うけど、湊さんはまだスタミナが完全には戻ってはいないよね」


「はい……」


まさに華菜が心配していたその部分を美乃梨が言ってくれた。せっかく自分たちのレベルが上がって喜んでいる子たちが多い中、好調なチーム状態に水を差すような話はできないし、こんなこと美乃梨以外には打ち明けられない。


「しかも、それに加えて由里香さんは中学時代から常に全力投球なんです……」


華菜の脳裏には中学時代に由里香にノーヒットノーランを達成された試合が浮かんだ。1番から9番まで変わらずに全力投球しても試合が終わるまで尽きないスタミナが当時はあった。


きっと幼少期から姉の湊唯に連れられて一緒にランニングをしたりし続けていたのだろう。だけど今はブランク空け。同じように全力投球をしていては連投には耐えられない。


「今日の1安打無失点も記録だけ見たら喜ばしいけど、それは由里香さんがスタミナ気にせず全力投球した結果ってことなんです……」


華菜がしょんぼりしながら言う。


「ってことは連投になっちゃうとスタミナ面はかなり心配だね。明日の白桃女子高校は強豪校ではないけど、ちょっと不気味な勝ち上がり方をしていて勢いがありそうだし、今のままだと明日は厳しいかもしれないね」


「はい……、せっかく準々決勝まで来たのに、ここで負けるのは悔しいです。でも、由里香さんに無理してほしくもないんです……」


華菜が不安の感情で体が押しつぶされそうになっていたときに美乃梨が口を開く。


「たしかに、今のままでは厳しいかもしれないよ。でも、ボクたちにはまだ奥の手が――」


美乃梨が何かを言いかけた時に、遠くの方から相変わらずの元気な声が聞こえてきた。


「華菜ー、なんか監督がうちと華菜に大事な話があるから部室に来いって言ってんねんけどー」


華菜が凄美恋を見た後に、美乃梨の方を見た。


「早く行っておいでよ。大事な話なんだったらボクと呑気におしゃべりしている場合じゃないと思うよ」


ニコニコしながら美乃梨先輩にそっと背中を押された。


「はい。すいません……、ちょっと愚痴らせてもらってありがとうございました!」


正直美乃梨との話は華菜には不完全燃焼だったけど、なんだか物足りなさそうな華菜とは違って、見送る美乃梨は満足げだった。


そして、華菜と凄美恋の影がすっかり見えなくなった頃に、美乃梨が呟いた。


「富瀬先生のこと、華菜ちゃんもようやく認め出したみたいだけど、きっと今華菜ちゃんが思っているよりも、あの人はさらに凄い人だと思うんだよね。もしかしたらボクの思った奥の手の話でもしてもらえるのかもよ」

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