第216話 秘密の居残り練習③

「せやから、ノック終わったらうちの投げる球打ってほしいって言ってんねん」


凄美恋が少しバツが悪そうにもう一度言い直した。


「いいよー、よろしくー」と咲希がノータイムで返事をした後、真希も答える。


「別に、私たちからしたらノック打ってもらえる上にバッティング練習までさせてもらえるんだからありがたい話だけど……」


真希が凄美恋の顔と地面とを交互に見て、言おうか言わないでおこうか迷っているような素振りを見せたあとに口を開いた。


「凄美恋ってピッチャーやりたくないって言ってたのに、良いの……?」


真希が一息で言い切ると、凄美恋の表情が苦いものに変わる。


「それもそうやな。やっぱりフリーバッティングは無しでノックだけにしよか」


凄美恋の答えを聞いた真希がやっぱり触れてはいけない部分だったのかと後悔する。


「えー、わたしすみれちゃんのボール打ってみたいなー。ねー、すみれちゃーん、おねがーい。投げて―投げて―」


咲希が凄美恋の両手首を持って、上下に振りながら、無邪気な子どもみたいに頼み始めた。空気の読める妹の反応に心の中で感謝をしつつ、真希からもフォローする。


「……ねえ、凄美恋。この子がこれだけお願いしてるからどうにか頼めないかしら? あなたの為ではなく、咲希と、あとわたしの為にも」


「いや、なんであんたらはそんなにもうちの球打ちたがってねん……」


凄美恋が困惑した表情を浮かべる。


「みんな練習ですみれちゃんの球打ちにくそうにしてたから、良い練習になるのかなと思ってー」


「良い練習って、ただ単にうちがノーコンやからみんな振りにくそうにしてただけやんか……。うちは由里香みたいにコントロール良くないから、みんな困ってるだけやで」


「そうかもしれないけど、正直わたしはまだろくにストライクの球とボールの球の境目もイマイチわかってないから、由里香先輩みたいにバッティング練習の時には分かりやすくて打ちやすいストライクゾーン狙ってくれる人よりも凄美恋みたいにどこに行くかわからない人の方が練習になるのよね……」


「なんかそれ馬鹿にされてるような気すんねんけど……」


「おねーちゃんはすみれちゃんがすごいって言ってるんだよー」


「今のコメントの中にうちのこと褒める要素無い気がするねんけど……。なんか納得いかん気もするけど、はよ練習せんと練習場の利用時間終わってまうからもう何でもええわ!」


こうして真希と咲希と凄美恋の秘密の練習が始まったのだった。

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