第210話 菱野姉妹⑤

「すっごく良い笑顔……」


点を取った時なのか、勝ったときなのかはわからないが、写真にうつるそっくりな顔をした2人は、太陽みたいに眩しい笑顔を浮かべながら抱きあっていた。


いつも曇った表情をしている真希と、作ったような心のこもっていない笑顔の表情をしている咲希とは違い、とても幸せそうな笑みだった。


「びっくりするくらい可愛らしい笑顔だろ?」


富瀬の意見に華菜は同意し、大きく頷く。


「このときから今までの間に何かあったんですかね?」


「さあな。何かあったんだろうけど、春原が『個人情報を詮索するのは悪趣味ですわ』って柄にもないようなことを言い出して、結局分からずじまいだったんだよ」


「怜先輩らしくないですね……」


いつもは平気で人の心の中にずかずかと踏み込んでくる怜とは思えない言葉。多分、何か菱野姉妹のことを掴んだうえで、隠している。


「まあ、あいつのことだから何か真相は知ったんだろうけど、まだ大っぴらにすべきじゃないってことなんだろうな。時が来たらわかるようなことなのかもしれねえし、あの2人の口から直接言わないといけねえことなのかもしれねえな」


富瀬がどこか遠くを見ながら少しだけ笑った。


「まあ、あたしにはわからねえけど、あいつなりの考えがあるんなら、暫くは静観しておくつもりだよ」


少しの間沈黙が訪れ、鈴虫の賑やかな音色が耳に入ってくる。話に集中していたせいか、蒸し暑さのことはすっかり忘れてしまっていた。


「明日も早いし、そろそろ戻るか」


富瀬はふうっと大きく煙を吐き出した後、先に館内へと戻っていった。


華菜が、部屋のドアを開けると、みんなの視線が一斉に華菜の方へと向く。


「おかえり、華菜ちゃん」


「遅かったじゃないの」


「大丈夫? 何か変なことに巻き込まれたりしてないよね?」


部屋に戻ると、予想外の賑やかな出迎えに華菜は困惑する。ただ外で富瀬と話してきただけなのに。


「そんな、別に外で富瀬先生と話してだけなのに大げさな……」


そう言うとみんなから冷たい視線が飛んでくる。


「……アイスは?」


「あ……」


結局富瀬と話し込んでいるうちにアイスのことはすっかり忘れて手ぶらで帰ってきてしまっていたのだった……。

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