第204話 合宿スタート!②

その頃、由里香と桜子のバッテリー組は富瀬と共にブルペンで投球練習をしていた。


「いいか、湊。全力で投げろよ」


富瀬の指示に、はい、と由里香が返事をしてから投球する。振りかぶって投じた桜子の元に届いた球はパシュっという小さな不格好な音を立ててグラブに収まる。


「なんか気の抜ける音だな。なんとかなんねえのか?」


富瀬が桜子の前に回り込み、キャッチャー用のマスク越しに桜子の目を覗き込む。桜子は後ろめたさで目を伏せた。


高いレベルの捕手ならば、由里香のような好投手の球をとるときにはきっと球場全体に響き渡るような大きな音を立ててボールを捕るのだろうけど、まだ桜子はそんな技術を持ち合わせてはいなかった。自身の力不足で由里香の力がしっかりと発揮できないことは後ろめたかった。


「だいたい、湊ももっと目一杯投げろよ。いつまでも手加減して投げてたら城河が上達しねえじゃねえか」


今度は富瀬がブルペンのマウンドにいる由里香に向かって大きな声を出すが、由里香は冷静に答える。


「これが今のわたしの全力ですから」


「いや、いくらなんでも湊唯の妹がそんな低レベルなわけねえだろ。そんな見え透いた嘘つくなよな」


富瀬が平気で由里香の触れられたくない部分に踏み込んで行く。史上初の女性NPBプレイヤー湊唯は湊由里香にとっての誇りであり、コンプレックスでもあるのだ。


「まあ、とりあえず城河は合宿期間中に湊の球を何度何度も、ひたすら捕って慣れろ。ちょっとミットを閉じるタイミングが早くなってるからミットの奥に届くタイミングと合わせて捕球してみろ。ソフトボール部時代にしっかり鍛えてるだろうから、しっかり基礎はできてんだから、あとはちょっとの修正でかなり変わるとは思うぞ」


そう言われて桜子はまた由里香のストレートを何球か受けてみるが、やはりそう簡単には捕球音は変わらない。


「まだダメだな。ちょっとミット貸してみろ」


富瀬が突然、桜子の付けていたミットを借りてしゃがみこんだ。急いで防具も外して富瀬に渡そうとする桜子のことは気にせず、ジャージ姿のままで捕球の姿勢に入る。

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