第205話 合宿スタート!③
「あの、防具は……?」
「別に大丈夫だろ。同じ湊でもこっちは発展途上の妹のほうだし、唯と違ってそんな凄い球は来ねえよ。唯に比べたらまだまだだろうけど、今の湊の全力で投げてこいよ」
桜子は由里香と姉を比較した富瀬に内心腹を立てた。そして、腹立ちの感情は多分桜子よりも由里香の方がさらに強く感じているであろう。
「怪我してもしりませんから」
由里香が珍しくムッとしている。普段はクールで冷静な由里香は姉と比較されて明らかに冷静さを欠いている。
普段の由里香なら無防備の、しかもプレイヤーでもない教師を相手に全力で投球をすることなんてないが、今、由里香はまるで試合中のような真剣な目つきで大きく振りかぶって投球の準備に入っている。
「ちょっと、由里香。富瀬先生は防具もつけていないのですよ!」
慌てて声をかける桜子の声を無視して、由里香は全力で投げ切った。桜子は富瀬が捕球し損ねて怪我をしないか心配になった。
だけど、由里香が力いっぱい投げた球は大きくて綺麗な捕球音を立てて、富瀬の構えたミットに入っている。練習用の球場中に響き渡ったせいで、実戦形式の練習をしていた他の部員たちの視線もこちらに向いている。
試合中の桜子にすらまだ投げたことの無いような由里香の全力の球を富瀬は完璧に捕球したのだ。
「湊、お前この間の大会の時と比べてかなり良い球投げてるじゃねえか。城河にもこのくらい勢いのある球投げてやってくれ。お前はまだ城河と組むときには無意識に手加減してしまってるみたいだからな。あと、投げられる球種は練習では全部投げろよ。捕れるとか捕れないとか、試合で使えるとか使えねえとかそんなのは後で考えるから。このチームはお前らバッテリーにかかってんだから、頼むぞ」
富瀬が由里香に向かって大きな声でしっかりと伝えた。そして、すぐ近くで困惑した表情のまま突っ立っている桜子の肩をポンと叩き、小さな声で富瀬が呟く。
「頼むぞ、湊の正妻」
それだけ言うと、富瀬は華菜たちのいるバッテリー以外の練習組の方へと去っていった。
「本当に富瀬先生は何者なのでしょうか……」
長くてパーマがかった茶色く染めた髪を揺らしながら、メイングラウンドの方へと向かっていく妙に頼もしそうな富瀬の背中を見つめながら桜子が呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます