第181話 独り相撲④

言われてみれば、たしかに桜子の方からボールゾーンに要求した時にはきちんと制球出来たような……。


一瞬そう思ったけど、ボール球要求のカーブがすっぽ抜けたりもしていたからやっぱりボール球でもコントロールが悪かった気がすると反論しようとすると、その前に富瀬が言う。


「おそらくな、雲ヶ丘はボールゾーンに要求されたストレートだけ制球できんだよ。変化球はコントロールできていないし、ストライクゾーンに要求された球は全部ボールゾーンへと流れていってる」


しれっと絶望的なことを言ってるのも気になるが、それ以上に富瀬の洞察力の方も気になった。


「……この回の投球見ただけでそこまでよく判断できましたね」


凄美恋はここまで23球しか投げていないけど、そこから判断したのかと感心する。


「だからな、雲ヶ丘はどうしようもないノーコンってわけじゃねえんだろうな」


もちろん富瀬の推測にしか過ぎないけど、言われてみれば納得する。


だからといってその状態の凄美恋にどうやって投げさせればいいのか華菜にはわからなかったが。


「それで、どういう指示にするんですか?」


「なんだよ、あたしに聞くなよ。そんくらい自分で考えろよな」


「いや、富瀬先生が監督してるんですから、そこは聞きますよ……」


この期に及んでまだすっとぼけたことを言っていたので華菜が呆れる。不安に思っていたところだったが、富瀬がまた真面目な顔に戻った。


「とりあえずまず一つ目の指示だ。雲ヶ丘と城河にはストレートだけ投げるように言え。1球種だけだと不安かもしれねえけどこのまま何もせずに負けるのはもっと嫌だろ?」


由里香も同じようにほとんどストレートだけの勝負だったけど、あれは由里香の精密なコントロールと伸びのある球のおかげでできたことではある。同じことが凄美恋にもできるのかと聞かれたら不安な部分もあるけれど、かといってこのままではまたこの後もフォアボールを乱発するのは目に見えている。


「次に二つ目の指示だ。一旦みんなで円陣をといた後にこっそり雲ヶ丘に『打たれて負けろ』って言ってから守備位置に戻れ」


「はい?……」


打たれて負けろなんて、そんなこと試合中に言ったら絶対にダメだと思うのだが、そんなことを伝えろと言う富瀬の考えがわからなかった。もちろんそれが監督である富瀬の指示であるのならば伝えるけど、華菜は納得できなかった。


「雲ヶ丘にだけ聞こえるように言えよ」


「……わかりました」


華菜が嫌そうに頷くと、それを富瀬が察したのか大きなため息をついた。


「いいか、小峰。なんで雲ヶ丘がボールゾーンのストレートは制球できて、ストライクゾーンには投げられないか、原因を考えた時に技術的な問題では説明できねえだろ。だったらメンタルの問題だと思うべきじゃねえか? あたしの直感だが、あいつは打たれるのが怖くてストライクゾーンに投げれねえんだよ。間違いねえよ」


直感と言いながら間違いないと言い切る富瀬が少し不安ではあるが、たしかに一理あるかもしれないとは思い、華菜が頷くと富瀬が続ける。


「どのみちあいつにストレート要求だけしてもストライクゾーンに投げてくれねえんだ。思い切りうたれちまったら良いんだよ! 若狭美江にさえまわさなけりゃあいつのストレートで酷いことにはならねえよ。さ、行ってこい!」


富瀬に思い切り背中を押された華菜がそのまま小走りでマウンドへと向かって行った。富瀬の指示がどう転ぶのだろうか、不安は多いが今の凄美恋にはそのくらいのショック療法が必要なのかもしれない。

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