第167話 スタミナ不足②

☆☆☆☆☆


ここまで完璧に抑えていた由里香が4回裏に入ってから崩れ始めた。まだ4回だが、すでに疲れが見え始めているのが、華菜も後ろから見ていてすぐにわかった。


3回までは野球をやめる前までの実力と同じとまではいかなくても、好投を続けていたので、由里香ほどの天才ならブランクを最小限に抑えられるものなのだと安堵していた。


だけど、どうやらそうではないようだ。


中学時代の由里香なら連日の完投だって何ら問題なくこなせていたが、ブランクによる体力不足はやはり大きかった。天性のセンスで3回まで1安打5奪三振という素晴らしいピッチングをしていたものの、やはり炎天下での久しぶりの登板は甘くないのだろう。


そんな中、1アウト2塁のピンチの場面で、打席に立つのが若狭美江である。


「由里香さん、しっかり打たせていきましょー!」


華菜が声をかけるけど由里香からの反応はなかった。


集中していて聞こえていないのならいいけれど、周囲が見えないくらい焦っているのかもしれないと華菜は不安になる。


初球、ストレートがかなり甘く入ると、美江はそれを見逃さなかった。思い切り振りぬいた鋭い打球がライト線に転がる。


長打コースを転々とするボールにライトの凄美恋が追い付いた時にはすでに美江は二塁ベースを蹴っていた。返球が中継の真希からサードの華菜の元へと返って来た時には、すでに美江は三塁に余裕で到達していた。


若狭美江の三塁打で皐月女子に先制点を取られてしまった。


由里香の表情は至って冷静なままだが、かなり汗をかいている。


そのまま次の5番打者の土岐舞美にもタイムリーヒットを許して2点目を与えてしまった。


続く6番打者の都万見美陽にもフォアボールを与えてしまい、尚も1アウト1,2塁。完全に皐月女子打線が元気になってしまっている。


(由里香さん、大丈夫かな……)


不安な表情で由里香の方を見ていると、由里香から華菜にアイコンタクトが送られた。表情は辛そうだけど、そのしっかりとした凛々しい視線の意図は華菜にしっかりと伝わった。


昨日公園で会った時にピンチになったら華菜の方に打たせると言っていたから、華菜はしっかりと身構えた。


その直後、2者連続でサードの方へと鋭い打球が飛んできた。サードへのゴロとライナー。両方とも華菜が裁いて3アウト。


「器用すぎますよ……」


華菜はボールをマウンドの方に置いてから苦笑して、ベンチへと戻る。


苦笑しながらも、これだけ体力的に追い込まれながらも三塁方向に打たせるようにきっちりコントロールする辺り、やはり由里香は只者ではないと再認識する。


とりあえず、なんとか4回の裏を2失点で留めた。


5回表の桜風学園は怜から始まる攻撃だったが、怜、美乃梨、桜子、全員ミレーヌの球にまったく合わずにたった7球であっさり三人で終わってしまった。


疲れた由里香に1秒でも長く休む時間をあげたかったが、ミレーヌをなかなか攻略できず、テンポの良い投球の前にあっさりと攻撃を終えてしまった。


由里香が一息つく間もなく、明らかにまったく休めていないことが見て取れる状態で5回裏のマウンドへと上がっていく。

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