第137話 球場は広く、世間は狭い④

「ねえ、菜畑さんは今日先発すると思う?」


話題を華菜の話から変えたいという意図もあるにはあったが、それ以上に純粋に気になった。


「どうやろな。けど、先発するとしたらちょっと厄介かもしれんで」


華菜は黙って頷き、同意する。


今日の先発がもしエースナンバーの3年生ではなく、菜畑ミレーヌだとしたら春季大会の星空学園打線を封じた球は本物であるということの裏付けにもなる。


星空学園を三者凡退に抑えたのがまぐれだとしたら、さすがにただのスローボールを投げるだけの子が大事な初戦のマウンドに上がるなんてことは考えづらい。


だから今日の先発がミレーヌだとしたら、菜畑ミレーヌという投手にはそれ相応の実力があることを意味すると考えるべきであろう。


「ま、あんまり考えても仕方ないでしょ。さっさと戻るわよ」


結局華菜と凄美恋はその辺りで詮索を切り上げてチームメイトがいる3塁側のベンチに合流した。




「なあ、華菜、あれ見てや」


「うん、見てる」


凄美恋の指差す先には皐月女子の先発投手として投球練習をしているピッチャーの姿があった。すでにマウンド上の投手に視線が釘付けになっている華菜は、凄美恋からの声を右から左に流しながら聞いていた。


「菜畑が先発なんやな」


凄美恋の問いかけに、うん、と適当に相槌をうった。


まっさらなマウンドで先に守備につく皐月女子高校のマウンドに上がっているのは紛れもなくさきほど会った小柄な少女、菜畑ミレーヌの姿であった。どうやら先ほど話していた嫌な予感は的中したようだ。


小柄で華奢な、小学生と言われても信じてしまいそうな体格の少女は、その身にふさわしい、小学生よりも遅いような球を体全体を目一杯使って投げている。見た目の雰囲気からは想像のつかない速球派投手みたいに豪快なフォームから、信じられないくらい遅い球を投げていた。


「なんだか得体のしれない子ね」


気付けば桜風学園ベンチは皆マウンドに上がる菜畑ミレーヌに釘付けになっていた。

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