第129話 小さな要注意人物④

「不気味って何がですか?」


「だっていくら層の厚い美観ガールズ出身とはいえ、2年生の夏以外登板なしって。別に怪我とかはしてないのよね?」


「そんな情報はないし、3年生のときには練習試合での登板はあったみたいだけど、出るたびに大炎上してたみたいだよ。1年生のときは何の記録もないから、多分練習試合にすら出してもらえなかったんだと思う」


由里香の疑問に再び美乃梨がスラスラと答えていく。


「えぇ……。中2の夏の短期間だけ活躍って、なんだかシンデレラみたいな投手ですね……」


華菜も困惑する。中2の夏だけ無双して、あとのシーズンは酷い成績だなんて、それではまるで12時になると魔法が解けてしまうシンデレラみたいではないか。


「まあ、シンデレラみたいな投手っていう認識は間違ってはいないかもしれないね。ただし、菜畑さんの場合は魔法を使うのはおばあさんではなくて、キャッチャーの若狭さんなんだろうけど」


華菜の例えを聞いて美乃梨が感心しながら答えた。


「若狭さんがプロ注目だからピッチャーのリードが上手いってことですか?」


「そういう意味もあるにはあるけど、それ以上に彼女と菜畑さんが相性抜群なんだろうね、きっと。面白いデータがあって、菜畑さんの捕手別防御率は、若狭さんと組んでいるときには0.00、それ以外のキャッチャーと組んでいるときは108.00なんだよね」


若狭美江以外と組めないということならば、中学時代には1学年上の美江が卒業してからミレーヌが打たれ続けているというのも腑に落ちる。


なんだかだんだんと部室内を不安の感情が覆ってきているが、そんな空気を変えたのは凄美恋だった。


「考え過ぎちゃう? あくまでも背番号18のちびっ子控えピッチャーやろ? うちらが先発として想定せんとアカンのは背番号1の人やん。なんか勝手にちびっ子のこと凄いピッチャーみたいな扱いしとるけど、うちはあくまでも星空学園が手え抜いとっただけやと思うで?」


凄美恋の言うことも一理あった。見た目と投球内容があまりにも印象的だから勝手に警戒し始めていたが、事実としてわかっている情報は、遅い球を投げる皐月女子の4番手投手に過ぎないのだ。


警戒するに越したことはないが、警戒しすぎて自滅するのはよくない。


「まあ、そのバッテリーが凄いのか凄くないのかはよくわかりませんが、どうせ全国を目指すのならば目の前の敵は全て倒さなければなりませんわ」


怜が力強く言う。


「そうね、どんな相手だとしても私たちのすることは変わらないわ。ただ勝つ為に戦うのみ」


由里香が追随するから華菜も頷く。


いずれにしても、皐月女子高校は決して舐めてかかって良い相手ではなさそうだ。華菜は覚悟を決めて明日の試合に臨むことにした。

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