第121話 もう1時間もない①
「おい、小峰。ちょっとお昼の授業休め」
4時間目の授業が終わり、ようやくお弁当の時間になった頃だった。華菜は午前の授業が終わり伸びをしていると、突然教室に入って来た富瀬に開口一番告げられた。
教室内にいる他の生徒たちが華菜と富瀬の方を交互に見比べる。この学校の教師としては異様な、ブラウンの髪色にパーマを当てたガラの悪い話し方をする、不良少女がそのまま大人になったかのような雰囲気を醸し出す先生が、クラスのはみ出し者の華菜に声をかけるという奇異な状況にざわついていた。
華菜はなんだか親が学校に来たときみたいな何とも言えない居た堪れない気分になり、慌てて富瀬の元へと駆け寄り、廊下に出るよう促した。突然やってきた富瀬の意図は分からないが、とにかく教室で話すのには周囲からの視線が痛い。
「いきなりやってきてお昼の授業休めってどういうことですか!」
華菜は声を潜めつつ、抗議のニュアンスが伝わるよう、語気を強めて言った。
「なんか今日県大会の抽選会があるみたいなんだよ」
「はい? 今、なんていいました?」
耳から入って来た情報が本当だとしたら、校内に顧問の富瀬とキャプテンの華菜が一緒にいるという状況は非常にマズいのではないだろうか。華菜は自分の聞き間違いを信じて尋ね返してみた。
「だから、今日県予選の組み合わせ抽選会があるみたいで、顧問と主将は参加しないといけないらしいんだよ」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。華菜の体がフリーズして背中から冷や汗が出てくる。
「今日、ですか?」
「ああ、そんないきなり抽選会とか言われても困るよな。あたしも授業急遽他の先生に代わってもらったから凄く迷惑してんだよ」
華菜の冷や汗なんて気にすることなく富瀬が他人事みたいに答えた。
「あまりにもギリギリ過ぎません?」
「ギリギリ気づいて教えに来てやったんだから感謝しろよな」
富瀬の手元には一体どのくらいの量の荷物の下敷きになったかわからないくらいぐしゃぐしゃになった紙があった。貰ったプリントを机の上に放置していたら、次から次へと荷物の下敷きになっていったことが容易に伺えた。
「うわ……。なんですかこれ?」
「何って大会の説明書いた紙だよ」
ぐしゃぐしゃになった紙の真ん中に赤太字で『6月28日13:00から組み合わせ抽選会(遅刻厳禁)』とでかでかと書いてあった。この6月28日というのは思いきり今日の日付だ。
「うそでしょ! もうあと1時間もないじゃないですか!」
「だから早くしろって呼びに来てやったんだろ」
富瀬は悪びれもせず、まるで善行をし終えた後のような純粋な笑みを浮かべながら言う。
「ああ、もう! 早くいきましょう」
「あたしが車飛ばしてやるから大丈夫だって」
「安全第一ですよ!」
大会前にすでに先が思いやられてしまう。
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