第90話 ポジション①

「そろそろいいですわね」


怜はゆっくり10球程投げると、ピッチング練習を早々に切り上げてしまった。


「一体なんの意図があったんですか?」


「まあ、いろいろとこちらにも都合がありますので」


怜が校舎の方を見て微笑んでいるが、華菜は何のことだかわからず、首を傾げた。


「現状うちのチームにキャッチャーの経験者がいませんので、少し実験でやってもらったくらいに思って頂ければと」


「いや、私に由里香さんの球は捕れないとおもいますよ?」


「うふふ、まだ由里香さんが入ると決まったわけではないのに凄い自信ですわね。もう由里香さんの勧誘へのゴールが見えたという感じですの?」


「あ、いや。そういう意味じゃ……」


華菜が苦笑いをする。そしてついでなので、前から気掛かりだったことを相談してみることにした。


「そう言えば、美乃梨先輩が入ってくれて部員7人になりましたし、そろそろそれぞれの守備位置を意識しながらの練習もやっていきたいんですけど、うちの顧問の……」


華菜は名前を思い出せず、まごまごしてしまう。部活動申請書類に書かれていたから一応顧問ということにしているが、まだ顔も見たことがないのである。


正直不信感は強い。せっかく怜が見つけてきてくれたので、あまり強くは言えないが、やる気がないのなら引き受けなければいいのに、と思ってしまう。


富瀬とみせ美香みかさん、ですわね」


「あ、そうです!」


「別に富瀬さんに聞かなくても、華菜さんの独断でやったらよろしいですのよ?」


「いや、さすがにそれはマズいんじゃ……それに、私一人で考えられる自信も無いです」


「あら、そうですの?」


「はい。ピッチャーは一旦由里香さんが入ってくれるものとして。あとをどうしようかと。控えの子がいれば、それぞれ守りやすいポジションに就けばいいと思うんですけど、うちの野球部にはそんな余裕なさそうですし……それに、初めて野球をする子もいるので、パズルみたいに上手く守備位置を選んでいかないといけないと思いますので……」


凄美恋すみれさんと美乃梨さんは経験者ですのでそのポジションに入ってもらったらいいんじゃありませんの?」


「凄美恋は元々ライトのポジションだったって言ってました。一応ピッチャーもやったことがあるらしいんですけど、『うちは二度とピッチャーはやらへんつもりやから、そのつもりで頼むで! ええか、ぜっっったいにやれへんからな!』って念を押されたんで、そのままライトをやってもらおうかと」


なぜ凄美恋がそこまで投手をしたくないと主張するのか気にはなったが、今はポジションの話を進めていかなければならないので、一旦横に置いておく。


「あと、美乃梨先輩は一応サードやってたって教えてもらったんですけど、『絶対にサードは経験の長い華菜ちゃんがやった方が良い』って聞かなくて……」


「じゃあ結局華菜さんが判断できる範囲はサードとライトだけってことですわね」


「多分みんなの適正見たりすると、時間がかなりかかるかと思います。菱野ひしの姉妹はまだボールに慣れていってもらってる段階なので、もっと様子見たいですし……富瀬先生はまだ私たちの練習見に来たことないので、多分私よりも決めかねてしまうとは思うんですけど、私一人で考えるよりもは前に進めるのかな、と思いまして」


「わかりましたわ。少し待っていて下さいな。呼んできますわ」


そう言うと怜は校舎の方へと去っていった。


これまで野球部の練習を見に来ようとしなかった富瀬美香なる正体不明の先生なので、あまり期待せずに華菜は待つことにした。

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