第80話 7人目の部員①

「酷い話ですね……」


美乃梨の話を聞いた華菜は心が痛くなってきた。せっかくレギュラーになって、楽しい野球部生活を送れるはずだった美乃梨が、そんな辛い思いをして、野球をやめなければいけなくなってしまったことが華菜は許せなかった。


しんみりしてしまった華菜に気を使うように、辛そうな表情のまま、作り笑いをして美乃梨は話し続けた。


「まあ、そういうわけで、結局、みんなで集まって何かすることがすっかり怖くなっちゃって、高校でものんびり1人で野球場巡りでもしようかな、なんて思ってたときに、れーちゃんと会ったんだよね。れーちゃんは周りの空気とか何も気にせず、ただ自分の道を行ってたから、ボクも信用できたんだ。でも、やっぱり今でも、周りの空気に流されちゃうようなタイプの子は怖いかなって……」


そう言われて華菜は不安になった。少なくとも、華菜は怜のようにズンズンと自分の道を突っ走っていけるタイプではない。悪目立ちをしてしまうことは、やっぱり怖いと思ってしまう。


「私は周りの空気とか気にしちゃうタイプの人ですし、やっぱり野球部に入ってもらうのは難しいですかね……?」


華菜が寂しそうに聞いたら美乃梨が笑った。その質問を聞いて、ずっと暗い表情をしていた美乃梨の顔がなぜか明るくなった。


「周りの空気に流されちゃう子は、入学していきなり上級生の教室に乱入できないでしょ」


「え? ちょっとその話はやめてください! あれは黒歴史なんですから!」


華菜は予期せぬ黒歴史の掘り起こしに慌てた。シリアスな雰囲気が崩れ、美乃梨がいつものからかうような表情を華菜に向けてくる。


「ふふっ、ごめんごめん。でもすっごく意外だったんだよ。今まで中学時代のどんな球でもヒットにするかっこいい巧打者の華菜ちゃんしか知らなかったからさ。まさかあの小峰華菜ちゃんがこんなにも不器用なことするなんて! って思ったよ」


「わ、私の話は別にいいんですよ! そんなことより美乃梨先輩は今野球やりたいんですか? それとももうきっぱり諦めついてるんですか? 重要なのはそこですよ!」


「そうだね。ずっと、もう野球をするのは諦めようと思ってたんだ。野球はやっぱりチームプレイのスポーツだからさ、また何か誰かを貶めるような空気が出来たりしたら怖いなって。その対象がボクじゃなくても、ギスギスするような環境下にいるのは怖いなって。そう思ってた」


「『そう思ってた』……過去形なんですね」


美乃梨が照れくさそうに笑いながら頷き、話を続けた。


「でも、今の桜風学園の野球部って、華菜ちゃんは上級生の教室に突入していくし、千早ちゃんはお面付けたりしてるし、真希ちゃんは咲希ちゃん以外に全然心を開かないし、咲希ちゃんは何考えてるかわからないし、凄美恋ちゃんは清楚な見た目でめちゃくちゃ賑やかだし、おまけにマイペースに我が道を行くれーちゃんまでいるって、変な子ばっかりで、流されるような空気が作られる要素の欠片かけらもないじゃん! ってなっちゃうよね」


美乃梨は笑った。笑っているのにだんだんと言葉が聞き取りづらくなっていき、いつしか美乃梨の目からは涙が溢れていた。


「こんな面白い人たちと一緒にいたらさ、なんだか毎日楽しくて……また野球したくなっちゃうじゃん!!」


美乃梨は笑顔のまま泣いていた。もう涙が止まらなくなっていて、グラウンドの真ん中にいることも気にせず、大きな声を出して泣いていた。


美乃梨がこれまで長い間溜め込んでいた感情の全部を洗い流すみたいに、ゆっくりと涙は流れていく。


華菜は静かに美乃梨の背中をさすり、泣き止むのを待った。

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