第42話 華菜VS怜②

打席からこちらを睨みつける怜の視線は、まるで肉食獣が獲物と見つけた時のような鋭さを持っていた。


それは到底、屋上でのんびり紅茶を飲んでいるようなお嬢様の視線ではない。昨日の会話中に時折覗かせた鋭い視線が、勝負の間ずっと続くのかと思い、華菜の背筋が一瞬冷たくなる。


気を確かに持って投げないと、一番甘いど真ん中に吸い寄せられてしまいそうだ。投げる前から心で負けてはいけない。


華菜は大きく頭を振ってから、千早の方を見た。千早がいつも通りの笑顔を向けてくれているので、華菜の気持ちも落ち着いてくる。


第1球目に投げる球は昨日作戦会議をした通り内角高めのストレート。これで腰を引いてくれれば完全に華菜たちのペースに持っていける。


とにかく今日は球速は気にせずコントロール重視。1球でもボール球を投げたらそこで終わりなのだ。


1球目は華菜の狙い通りのコースに投じられ、怜が見送った。


ストライク! と美乃梨が元気よく宣言する。


まずストライクを1つ取れ、華菜は肺から大きく空気を吐き出した。


怜に当ててしまうのが怖くて少し甘い真ん中付近に行ってしまわないか心配であったが、上手く投げられた。予想以上に良いコースに投じられたことに、華菜自身がとても驚いた。


ただ、怜の反応も華菜の想像とは違った。内角高めの厳しいコースに投げられた球を怜は微動だにせず見送ったのである。


華菜の想定ではもっと怜が胸元に硬球が来た事にびっくりして上半身くらいは後ろに引かせられると思っていた。華菜の投球は元々投手が本職ではないうえに徹底的にコントロール重視で投げているからかなり遅い球であるとはいえ、怜のあまりの泰然自若とした態度に、華菜はため息をついた。


とはいえ、2球目のコースは昨日決めた外角低めから変えるつもりはない。ストライクゾーンの対角線上、1球目とは一番遠いコースに投げられた球にそう簡単に対応されるとは思えない。


華菜は思い切って外角低めに投じた。


放たれた球は、先ほどのように正確な場所には向かわなかった。ボール球にならないように気をつけた為、甘くなる。低めを狙って投げるボールはコントロールをつけにくい。


それは華菜も知識としては知ってはいたが、実際にマウンドから投げてみると、思った以上に難しかった。ボールはど真ん中へと吸い寄せられていく。


なんとか空振りしてくれないだろうかと華菜は願ったが、怜はきっちり対応してくる。今度は先ほどと違い、怜はしっかりとスイングする。“カチッ”というバットにボールが擦った音が聞こえた。


ほんの少し掠っただけだから、ボールの軌道自体には影響はほとんど出ず、千早の元へと届きはしたが、千早のミットからボールがこぼれていた。多分バットにほんの少しだけ触れた分ボールの軌道が変わってしまったのだろう。


千早は華菜よりも近くで怜の打席を見ていた分はっきりと状況を把握できたのだろう。がっかりした顔で、両手を地面について俯いていた。負けを確信した姿の千早は、華菜が想像していた以上に悔しそうだった。

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