第40話 対決に向けて④

「まず1球目なんだけど、初めはインコース高め……って言って千早わかる?」


「えっと、なんとなくは……」


なんだか不安な回答が返って来た。作戦が正確に伝わらなかったら困るので、きちんと説明しておいた方が良い。


「紙とペンある?」


「ちょっと待ってね」


千早がカバンの中からリスのキャラクターが表紙になっている可愛らしいノートを取り出す。紙を1枚ちぎってペンとともに華菜に手渡した。


紙に3×3の格子状のマス目を書き左上、中央上、右上の順に【1】,【2】,【3】、と順番を書き込む。同じように真ん中の段にも左から【4】,【5】,【6】と書き、最後に一番下の段にも【7】,【8】,【9】と書き入れた。電話のキーパッドみたいな並びに数字のかかれた3×3のマス目が出来上がった。


「ストライクゾーンを便宜的に9つのゾーンに分けたものを作ったからこれをもとに説明していくわ。美乃梨先輩、春原先輩の利き手ってわかりますか?」


「右利きだよ」


「じゃあ春原先輩は右打者と仮定するわ。右打者だからピッチャーから見て右側、つまり【3】,【6】,【9】の数字が書いてある側に春原先輩は立つわけ」


千早が黙って頷いた。


「【1】~【3】がストライクゾーンの高めを表して、【4】~【6】が真ん中、【7】~【9】が低めを表してるの。それで【1】,【4】,【7】の数字が書いてあるところは春原先輩の立っている右打席から遠いからアウトコース、【2】,【5】,【8】の数字が書いてあるところは真ん中、【3】,【6】,【9】が春原先輩の体に近いインコース。これが説明の前提なんだけど、ここまでついてこれてる?」


「うん、大丈夫」


「じゃあ具体的な配球について説明していくわ」


華菜が【3】の部分に丸をする。


「1球目はここ、内角高めに投げようと思う」


「なかなか強気だねえ」


「なんで強気なんですか?」


美乃梨が横から華菜を茶化し、それを聞いた千早が首を傾げた。


「この【3】の部分はインコースの高めに当たるよね」


そう言って美乃梨が握りこぶしを千早の胸のすぐ前あたりに持っていく。


「この辺をボールが通過するんだ」


「あの堅いのが?」


「そう」


「それは怖いですね」


インコース高めはストライクゾーンの中で一番顔の近くを通るボール。打者が恐怖感を抱きやすい場所である。少しコントールを誤れば顔面付近へのデッドボールにもなりかねない。


打席に立つ打者が恐怖を感じやすいコースであることはもちろん、投げる方も怪我をさせてしまわないかと恐怖を抱いてしまう。真剣勝負とはいえども、先輩のお嬢様相手に顔にぶつけてしまうのは後味が悪すぎる。


「でもこれで春原先輩は内角のボールに怖がって腰が引けて半歩くらい下がって打席に立つと思うの。そしたらホームベースまでの距離が、下がった分だけ遠くなる。そこで今度は2球目【7】の部分、アウトコースの低めに投げる」


アウトコースの低めは1球目に投げたインコース高めと対角で、一番遠い位置に当たる。1球目のインコース高めが頭に残っている怜はきっと簡単には対応できないはずだ。


「3球目は?」


「3球目はそこまでの2球の春原先輩の対応の仕方次第で考えるわ。春原先輩の対応力を見てから考えたいから、2球目が投げ終わったらタイムを取って千早にマウンドに来てもらおうかと思うの。千早はそれでいい?」


「私は華菜ちゃんに合わせるよ」


「じゃあこの作戦でよろしくね」


華菜と千早は視線を交わした。一応作戦の共有はできた。怜に対する不安は依然として大きいが、今は千早と一緒に頑張るしかない。

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