第23話 交渉失敗①

華菜は生徒会長との野球部設立の交渉を終えてボンヤリと宙を見つめていた。


何をする気にもなれず、ただただ生徒会長から向けられた言葉が頭の中を巡っていた。


私は一体何をしてしまったのだろうか、と華菜の頭の中で思いが駆け巡る。


すぐに家に帰る気にはなれず、旧第2校舎の野球部部室(仮)で一人今後のことについて考える。


華菜の想定ではもっとスムーズに話は動くものだと思っていたのに、話が動くどころか何十歩も後ろに戻されてしまった気分である。




30分ほど前のことである。華菜は生徒会長に野球部の設立について直談判しようと生徒会室に来ていた。


ドアをノックして入室した瞬間に見た生徒会長の目は、入学式の日に会ったときの慈愛に満ちた目ではなかった。あの時とは打って変わって冷たい目をした生徒会長が部屋の奥に座っていた。


出入口を真正面に見える位置に生徒会長用の席があり、左右に副会長と書記の席があるが、今は生徒会長以外は不在のようだった。生徒会室は普通の教室の半分くらいの大きさで、資料を置く棚やイベントで使う段ボールなどが所狭ところせましと置いてある。


狭い室内では生徒会長の圧がしっかりと感じられた。


「何の用ですか?」


感情のこもっていない声と冷たい視線が体に突き刺さる。


「えっと……あの……」


想定していた生徒会長の反応との違いに華菜が思わず戸惑っていると、生徒会長はため息をつく。


「すいませんけど、私も暇ではないので用事が有るのでしたらさっさと言って頂きたいのですが」


初対面で話した時は礼儀正しくお上品に聞こえた敬語が、今は突き放すように余所余所しく、冷たさの象徴のように感じられた。


機嫌が悪そうなので今交渉を始めるのは得策ではない気はするが、ここで帰ってしまうとそれはそれで用事がないのなら来ないでほしい、と怒られてしまいそうだ。幼少期に経験した、機嫌の悪い親に頼み事するときのような緊張感を思い出す。


華菜は覚悟を決めて一思いに話し始めた。


「あの、すいません。野球部の承認をして欲しいのです、が……」


話している途中に生徒会長が頭を抱えたのを見て、華菜の語尾が小さくなっていく。


「設立したい部活が野球部というのもさることながら、まず小峰さん、あなた部活動の承認条件をご存じでしょうか?」


「えっと、いえ、すいません……わかりません……」


「そうでしょうね」


生徒会長が苛立ちからボールペンのノック部を連打している。気まずい空気の生徒会室にひたすらボールペンのノック音が鳴り響いていた。


入学式の時に会った生徒会長と見た目が同じなのにまったく違う人物みたいに見えてしまう。


あの時の生徒会長相手なら、“前会った時と雰囲気全然違いますけど、もしかして生徒会長って双子なんですか?”などと冗談を口にしていたかもしれない。


今目の前にいる人物にそんなことを言うと舌打ちでもされそうで、とてもそんな軽口は叩けなかった。

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