第5話 正義のヒーロードッグ仮面②

「あれ、……待って。」


華菜の自己嫌悪タイムが一時停止する。


華菜が目で追っていた、ドッグ仮面の走り去る姿に違和感があった。ぱっと見では気が付かないような小さな違和感を冷静に脳内で整理する。


違和感を一言でいえばドッグ仮面がもう視界からいなくなっているということ。


いや、拒絶したのは華菜自身だから華菜と話すのを止めて目の前から去っていったという意味では当たり前のことだけど、そういう意味ではない。中庭から走っていく速度が普通の女の子にしては速すぎる。この中庭から走って、少しよそ見をしている間に校舎の中に入っていくには普通の人並みの脚力じゃ無理だ。普通の女子高生の走力とは思えなかった。


そんなことを考えていると今度は校舎の中から、やはり凄い速さでこちらに走ってくる人物がいた。こんな脚の速い子がこんなお嬢様だらけの学校に何人もいるとは考えにくい。多分ドッグ仮面だ。今度はお面を付けてはいないが。


「あなた、困ってるみたいだから話聞くよ」


先程までドッグ仮面を名乗っていたと思われる少女が、短距離走を走り終えた後みたいに膝に手をついて呼吸を整えながら言った。


本当はもっと時間をかけてゆっくりと状況整理をしたかったのだが、ドッグ仮面が去ってからこの少女が戻ってくるまでの時間が短すぎて、考える間がなかった。いろいろと聞きたいことはあったが結局直球での質問になってしまう。


「ドッグ仮面、お面外した?あんたドッグ仮面よね?」


「お、お面って何のこと? ドッグ仮面って何のこと? 私はあなたと今初めて会った犬原千早だけど?」


千早と名乗った少女は、一目で分かるくらい焦りながら斜め上を見ている。


「ドッグ仮面の正体は犬原千早さんっていうのね」


「ド、ドッグ仮面に正体とか中身とかそういうのは無いの!」


「いや、でも思いっきりドッグ仮面と同じ背格好だし」


「えっと、そんなことよりあなた名前なんて言うの?」


千早が強引に話題を変えた。


「小峰華菜だけど」


「小峰華菜ちゃんは着ぐるみをきたマスコットの頭をとって中身を確認するタイプでしょ?」


「さすがにそんなことはしないけど」


「今やってるのはそれに近いことなんだよ?」


「それって犬原さんとドッグ仮面が同じ人物って認めたってこと?」


せっかく変えた話題がまた戻ってきて、再び千早が焦りだした。


「ち、違うよ。全然違う! そのドッグ仮面って人に悪いからそんな正体を詮索するようなことしちゃダメってこと。」


「ふふっ。わかったわかった。別人ってことにしとく」


千早が身振り手振り大きく必死に否定する様子がなんだかおかしくて思わず華菜は笑ってしまう。


どうして華菜が笑ったのかよくわからないのか、千早はキョトンとした表情をしていた。


「なんかよくわからないけど元気出たみたいで良かった!」


千早も華菜につられて笑った。


「でも一体何を悩んでたの? もしよかったら聞くけど。」


華菜は純粋な瞳に見つめられた。思えば入学してから今日まで初日にお嬢様生徒会長と話したくらいしか、まともに人と会話をした記憶はない。


千早の人懐っこい雰囲気もあり、気づけばすっかり心を許していた。華菜は入学してからこれまでの経緯を説明していく。


「なるほどね。入学早々クラスで浮いてボッチになった上にずっと片思いしていた湊さんって人からは他人のふりをされたってことだね」


「そんなド直球に言わなくても……あと、片思いはなんかちょっと違う気がするけど」


「まあまあ。でもその問題なら1つ目のボッチの方は簡単に解決できるじゃん」


千早が華菜の前に右手を差し出した。


「なにこれ?」


「握手」


「握手?」


「そう。お友達の証の握手」


「ちょっと発想が子供過ぎない?」


華菜は呆れつつも千早の右手を握った。


「よし、これで友達成立! 今日から千早と華菜ちゃんは友達だからボッチ問題は解決だね!」


「友達ってそうやって作るもんじゃないと思うけど?」


華菜は入学してから初めての心からの笑みで返した。

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