友達の友達は友達
「葵ちゃんはどうだった?」
私と渚は今日は教室で昼食を食べている。
流石にあんな事があって、部室で食べるほど無遠慮ではない。
……ふふ、友達になれた。
私にとって初めての友達。友達って何をすればいいんだろ? あっ、お弁当とか作った方がいいのかな? もしかして……早川理央みたいに手も繋いでいいのかな?
「司? いつになくにやけた顔してるわよ?」
「え!? あ、うん、ごめん……」
気持ちを切り替えなきゃ。友好関係を築けたとしても、私の役割は渚の面倒を見ること。羽柴優作と渚の誤解を解かなくちゃ……。
私は勝手な行動をした事に対して罪悪感が湧いてきた。
――勝手に友達になっちゃった。
あんな風に優しくされた事なかった。心配された事なかった。
一人の人間として私を見てくれた。私の悲しさを感じてくれた。
それでも……私は……渚を優先しなきゃ。
それが家の命令。
私は後ろめたい感情を隠して渚に報告をする。
「えっと、羽柴優作とは友好関係を築けたよ。改めて、渚と話せる場を作るね」
渚は小さな口で卵焼きをもぐもぐ食べる。まるでお人形さんのようであった。
本当に綺麗で可愛い……。私とは大違いだよ。
「あらそう、ありがとうね。これでやっと葵と仲直りできるわね。……ふぅ、本当に焦ったわ。まさか葵が男子だったなんて」
「うん、話を聞いてた私もびっくりだよ。……ねえ、聞いてもいい?」
「何かしら?」
「は、羽柴優作と付き合うの? 羽柴優作は渚の事を……好きだったみたいだけど……」
渚は目を閉じてしばらく考えていた。
「羽柴優作の事はわからない。――でも……葵は絶対に二度と、私の元から離さない」
私は子供の頃から葵の事を渚から聞いていた。
その思いは本人のように理解できる。
羽柴優作の思いの丈を聞いていた私は……複雑な気持ちになった。
誤解が解けても――どうすればいいんだ? このままうやむやにした方が……。
私は無理やり笑顔を作って渚に笑いかけた。
「うん、きっとうまくいくよ! あっ、そうしたら私はもう男装しなくていいのかな?」
周りにバレないように小声になる。
渚は細い首をコテンとかしげた。とても女性らしく可愛らしい仕草であった。
「それは約束と違うわ。あなたはこの学校で男子として生活するのよ。葵にばれちゃ駄目よ? だって、あなたは保険なのよ。誰が私を守るの?」
「う、ん……そうだね」
ひどく無機質な言葉が私に襲いかかる。
大丈夫、いつもの事よ。気を抜いちゃ駄目。
「早いほうがいいわね。今日の放課後でいいかしら? セッティングよろしく頼むわ」
「きょ、今日!? は、早すぎるよ!?」
渚ちゃんはデザートのメロンをフォークで刺した。
もう話は終わったと言わんばかりの態度。
私は感情を押し殺して、ポットから渚ちゃんのお茶をカップに注ぐ。
震える手をどうしても抑えられなかった。
わかっている。渚ちゃんは純真な子。悪気は一つもない。
それに、今は――縋れるものがあった。
――友達になるって言ってくれた。
それだけが私の救いであった。
*****************
俺たちが教室にいてもクラスメイトは目を合わせようともしない。
異物が入り込んだ。きっとそう思っているんだろう。
授業もHRも終わった。後は帰るだけだが、昼休みに伊集院からお願いをされた。
――どんな事でもする。だから、渚と放課後話してくれ。
泣きべそをかいてまで、友達になりたいって言った奴が、土下座する勢いで頼み込んできた。
何があったかわからんが……、まあ、とりあえず話してもいいか、と思った。
どうせ、いつか話す必要があったしな。
あの時の伊集院の顔が忘れられなかった。
悔しそうで悲しそうで――諦めを抱いた顔。
うん、理由は考えてもわからん。早く行こ。
待ち合わせの場所に向かおう席を立とうとした時、一人の女子生徒が俺の前にやってきた。
確か
クラスメイトも本気で嫌がらせをしていたわけじゃない。それでも、気分の良いものではなかった。
俺はクラスメイトの悪意を時任さんから俺にずらした。
人が嫌がる事をする奴らが許せなかっただけだ。あれはただの俺の自己満足であった。別に俺が嫌われても構わない。
こんな事の繰り返しだ。理央の時だってそうだ。俺はいじめが許せなかった。
中学校全員を敵に回してでも理央を守りたかった。
集団の心理は恐ろしい。みんなと同じ行動をすると気持ちが楽になる。
俺はそれが理解出来なかった。
みんな心のうちでは否定していたのかも知れないけど、違った意味の理性が働いて行動できなくなる。
そんな時は簡単だ。
別の標的を作ればいい。それを自分にしただけだ。
と言っても、そんなイベントは高校一年生までの話だ。今は理央とのんびりとした落ち着いた生活を送っている。このまま二人で就職して笑い合って過ごせればいいな。
「は、羽柴君、早川さん、こ、こんにちは」
時任さんははにかみながら俺達に挨拶をしてきた。本当に珍しい。
「おう! おはよう! 時任さん元気になってよかったな!」
「にしし、おは!」
言葉は、悪意は、人の心を殺す。だから、穏やかな顔になった時任さんを見て安心した。
しかし、なんだって今更俺に挨拶を? 俺に関わりすぎるとせっかく出来た友達とうまくいかなくなるんじゃないか?
時任さんの友達に目を向けると、なぜか真剣な顔をして時任さんを見守っていた。
うん、関係は悪くないみたいだ。良かった――
「は、羽柴君! も、もし良かったら――」
俺は席を立った。
「すまねえ、時任さん。俺たちちょっと用事があって――。よし、そろそろ行こうぜ、理央。伊集院がボランティア部に来てくれってさ」
「……ゆーさく本当に行くの?」
「ま、どのみち早く済ませた方がいいだろ?」
婚約者がいる初恋の子に会うのはもちろん気がのらない。
俺は席を立って、理央の手を取った。
理央はピョコンと立ち上がる。
「じゃあな、時任さん!」
俺は時任さんに別れの挨拶をして教室を出た。
時任さんは力なく手を振ってくれた。
俺たちは廊下を歩く。
「ねえ、ゆーさく、わかってると思うけど、伊集院は恋敵だったでしょ? 本当に友達になれると思うの?」
確かに俺たちの関係は微妙だ。
なにせ俺の初恋の人の婚約者だからな。
「まあ友達になるって言ったからな。妙に気になるっちゃ気になる。あれは……自分の感情を押し殺した奴の顔だ」
「うん、それは知ってる。伊集院は好きでも嫌いでもない。でも、片桐がめんどい。今も呼ばれて向かってるけどさ、ゆーさくの事……恋愛対象として見てないよね? ゆーさくの思い出の相手なのに……」
「うん、それはわかってる。まあ、大方俺の事、女の子だと思ったんだろ? あの時は葵って名字しか名乗ってなかったしな」
俺と片桐は近所の公園で遊んでいた。あの時の俺はよく女の子と間違われていた。お互いの家には行ったことがない。最後の日に初めて家の前まで行った。いつも同じ公園、同じ時間、片桐が来ない日もあった。それでも俺は砂場で遊びながら待ち続けていた。なにせ、あの時は家に帰っても……な。
「片桐と俺の思いは全く違う物だ。俺は恋愛感情だった。あいつは友情だった。ははっ、難しいな、人の感情ってな」
気になる事がある。
片桐……渚はあんな性格だったか? もっと明るくてお転婆で天然ボケだった。どうしても片桐の感情が見えない。
いや、俺に対して執着があるのはわかる。
伊集院に対しての――愛情が見えない。というよりも……違和感を感じる。
「ゆーさく、終わったらゲームしよ? にしし、中古屋さんでメガサ・ターン見つけて買っておいたよ」
話してみればわかるか……。よし、気持ちを切り替えよう。
「マジか! でかした理央! 今日は夜までやろうぜ!」
そして、俺達は慣れ親しんだ部室の扉を開いた。
**************
おかしいと感じたのは間違えじゃなかった。
「葵――、本当に久しぶり……会いたかった。あなただけが私の全てよ」
伊集院は片桐の横で苦しそうな顔をしていた。
初めは、婚約者である片桐が、違う男に感情を高ぶらせているのを苦しいと感じていると思った。
「あ、そうだ。安心してね? 伊集院は私の婚約者じゃないわ。男子が寄って来ないようにするための人材よ」
伊集院が婚約者じゃない……。
もしかしてそうじゃないかと思ったが、人材呼ばわりか……。
理央もこのおかしい空気を感じ取ったのか、じっと黙っていた。
「ふふ、懐かしいわね。公園でおしゃべりしたり、ブランコで遊んだり……。大切な約束もしたわね。……ずっと忘れられなかった。その思いがあったから私は――葵に会うために――」
違和感がそこにあった。
片桐の感情は――俺、羽柴優作には向けられていなかった。
葵という過去の存在だけに向けられている。
俺は声を絞り出した。
「……伊集院……、お前ら……一体」
伊集院が首を振る。
「……渚は、誰にも心を開かない。……葵という存在を除いては。だから、私達は葵をずっと探していた。女性と聞いていたから、まさか男性とは思わなかったよ」
そうか、これが違和感だったのか――
勇気を出して片桐の教室に行った時から感じた違和感。
俺という存在を見ていなかった。
部室でも、俺を通して葵を見ていたんだ。
感情が恐ろしく希薄なんだ。葵との思い出以外は。
「あら、葵? どうしたの? あっ、私が女の子と間違えていたから怒ってるの? ――本当にごめんなさい。……わ、私うっかりさんだからね。しっかり者の葵がいないと駄目なのよ。……でもロンドンで頑張ったのよ? そうだ! 今度一緒にロンドンへ――」
俺はゆっくりと口を開いた。
「不器用な砂団子」
「そうそう、私うまく出来なくて――」
「うまくブランコに乗れなくて背中から押してあげた」
「あら、今はちゃんと乗れるわよ?」
「家に帰るのが嫌でダダをこねた」
「だって葵とずっといたかったんだもん」
「ずっと一緒にいたかった。別れたくなかった」
「……ええ、あの朝は忘れないわ」
「交わした約束は――」
「「必ず、再び、出会う。今度こそ――二人で幸せになる」」
鉄の蓋が破壊されそうであった。
消したと思っていた思い出が吹き出してくる。
感情が思い出に支配されそうであった。
悲しみが押し寄せて来た――
片桐渚の時間は止まっていた。
今も俺を見ていない。葵を見ている。
叫びそうになる自分を抑えた。
悲しかったのは俺だけじゃない。片桐も苦しんでいたんだ!
どうすればいい? 俺は片桐とどう接すればいいんだ?
悩んでも答えが出てこない。
その時、沈黙を守っていた理央があっけらかんとした声で言い放った。
「ふーん、ならさ、めんどいから、みんな始めっから友達になろうよ? どうせここにいる人はみんなネジ外れちゃってるからさ。あっ、伊集院も隠さなくていいよ? にしし、私も、ゆーさくから渚ちゃんの事色々聞いていたし。 あっ、伊集院は友達になりたいって抜け駆けしたね? にしし、あとで罰ゲームだ! 渚ちゃん、葵と友達になった時の事を思い出して……、ほら、みんな初めは赤の他人だったでしょ? だから、今日はみんな、私の家で遊ぼ! みんな友達!」
言葉以上の何かを感じ取れた。
理央は続ける。
「にしし、私は、早川理央! 葵ちゃんの友達だから、渚ちゃんとは友達になれるよ! ほら、ここにいる人たち全員、葵ちゃんの友達だよ? 伊集院だってこっそり葵ちゃんと友達になったんだからさ。これからよろしくね!」
片桐は呆けた顔をして、ブツブツと呟いていた。
「葵ちゃんの友達……、葵ちゃんみたいに……、初めから……」
「にしし、葵ちゃんみたいな人を一杯作ろうよ! あっ、ちなみに葵ちゃんはゆーさくって呼ぶと喜ぶよ?」
片桐渚はキョトンとした顔で俺たちを見渡す。
片桐渚は――俺と初めて会った時と同じ表情をしていた。
おどおどした目で、今にも泣き出しそうで不安な顔。
俺に近づいて、制服の裾を掴んだ。何かを支えにしているようであった。何かを思い出しているようであった。そしてみんなに向かって口を開いた。
「か、片桐渚でしゅっ、あ、噛んじゃった……。も、もう一回。片桐渚です! 渚って呼んで下さい! よ、よろしくお願いします!」
その言葉は俺と初めて会った時と一言一句違わなかった――
そこには感情が伴っていた、
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