禁忌:人を傷つけてはいけない

まるで星が煌めくような――祭屋光の浮かべる微笑には、その形容が似合った。

雰囲気だけで中身の伴わない喫茶店という闇が、彼女の輝きを際立たせている。

彼女の手がコーヒーカップの取っ手を掴む。

図々しい太陽の光ですら、彼女の肌を撫ぜ回すのを拒んだのだろうか、

月光以外に触れられなかったかのように、彼女の手は白い。

スキンケアの方法を聞いてみたいが、彼女に関しては余計なことを聞きたくない。


「ふばうお教に興味を持っていただけて嬉しいです」

私は彼女に手渡されたパンフレットを鞄におさめていく。

ふばうお教――それが彼女の所属する宗教団体の名称だ。

別に宗教に対する抵抗感があるわけではないし、そういうものは好きにすればいい。

ただ私は対象に深く入れ込まず、ある程度の距離を取っておきたい。

一寸先は闇、この界隈に最も相応しい言葉だ。浅く広く――それでいい。


「えぇ、それで……

 このふばうお教における唯一のタブーについてお聞かせ願いたいのですが」

「タブー……と言っても、大したことではありませんよ。

 人を傷つけてはいけない、ただそれだけです」

「それはまた……」

人を傷つけてはいけない――モーセの十戒の50%をふばうお教は一行で纏めている。

宗教における禁忌としては何一つとして特別なことはない、平々凡々だ。


「大切なことというのはたった一言で済むんです」

「ははぁ……」

「まぁ、特に身構えるようなことは無いんですよ。

 貴方だって、好き好んで人を傷つけようとは思わないでしょう?」

「まぁ……はい、そうですね」

「別にお金を取ったり、変な修行を強要されたりするわけじゃないですよ。

 無理な勧誘活動もありませんしね」

「そうですね、私から貴方に連絡させていただいたわけですし」

「でしょう!でしょう!で……あ、すみません」

勢いづいた彼女の白い頬が赤く染まる。白い蝋に彼女の感情の火が灯ったようだ。

それに気づいたのか、彼女は少し大きく咳払いし、頭を下げた。

そして、自身の鞄の中に手を突っ込み、何事かごそごそと動かしている。

「あの……何を」

「ああ、すみません、すみません。ついつい熱が入ってしまいまして……

 感情のままに行動しないように、

 ちょっとしたクールダウンの手段を鞄の中に入れてるんです」

彼女が鞄からそれを取り出しながら

「自分が相手を傷つけそうになった時、そして自分が相手に傷つけられた時、

 そんな時、一旦感情をフラットにしなければなりません。

 痛みを一旦整理することが大事なんですよ」

と、言葉を続けたが、とてもじゃないが、会話に集中することは出来なかった。


「そ、それ……」

血に染まった針、そして身動きの取れない小動物。

「人じゃないから大丈夫なんです」


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