禁忌破り:笑ってはいけない

大勢の人間から送られた弔花で会場は飾られていた。

遺影が、祭壇の中央で故人の笑みを蘇らせる。

写真の中の笑みとは対照的に、棺桶の故人は死の眠りの中で何の表情も浮かべない

長い闘病生活の末、この葬式に至った。

故人の妻は気丈にも涙を堪え、退屈そうに周囲を見回す息子の頭を撫でている。

淀みなく続く念仏に混ざって、時折しゃくりあげる声が聞こえる。

必死に堪えている――それでもどうしても溢れてしまう思いの発露だ。


「ご焼香をお願いします」

落ち着いた声が会場に響き、粛々と参列者達が焼香を行っていく。

その中に俯いて、決して顔を見せようとしない参列者がいた。

肩を震わせ、ふつふつと荒く息を吐いている。

それほどまでに夫の死を悼んでいるのだろうと、故人の妻は気にしない。


「う……ぐ……」

何人目の焼香だっただろうか。

やはり、俯いてひどく肩を震わせる参列者だった。嗚咽が漏れている。

彼だけは、顔を上げて遺影を見た。


「ぐ……は……」

故人の妻が目を見開く、信じられぬものを見た。

その男は、顔を歪ませて――だが、その目に涙を浮かべているわけではない。

頬は吊り上がり、必死で笑いをこらえているようだった。


「ぐ……はははははははははははは!!!!!!」

我慢が限界を超えたのか、男はとうとう爆発したかのように笑い始める。

「おほほほほほほほ!!!」

「あははははははは!!!」

それにつられるように、何人もの参列者が笑い始めた。

皆が皆、決して顔を見せぬようにしていた参列者だった。笑いを堪えていたのだ。


「何がそんなにおかしいんだ!!」

故人の妻に代わって、故人の父が叫ぶ。

参列者の中には知人の顔もある。愉快犯が混ざっていたというわけではないはずだ。


「い、いや……はは……すいません……笑っちゃ駄目なのはわかってるんですよ。

 わかってるんですけど……はははははははははははは!!!!!!!」

「おほほ!!だから葬式に参列するのはやめたほうが言ったんですよ!!

 笑っちゃ失礼なんだから!!」

「あははははは!!!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」


彼らは皆一様に、刃物を取り出した。


「すいません!!気をつけてるんですけどね!!」


そして、すぐに笑いは止まった。

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