元奴隷、転生テイマー

泡盛もろみ

元奴隷、転生テイマー

 親に捨てられて幼くして奴隷になった僕は、金持ち貴族に性的奴隷として買われ、主人の顔色を伺いながら主人の喜ぶことをすることだけ考えながら生きていた。


 他のことは考えないほうが楽だった。

 何も叶うはずないのだから。


 歳をとるか飽きられれば他所へ売られるか壊される。何人もそうされるのを見てきた。

 次は自分の番だ。今主人に雇われている奴隷のなかで最年長になってしまった僕は、どんな形であれこの生活から解放されればそれでよかった。


 その晩、僕は壊された。

 具体的な描写は避けよう。年齢制限なしで説明は難しい。


 翌朝、くるはずのないその翌朝、あくまで僕にとってなので何日経過したのかなど細かいことは知りはしないが、まぁ兎に角眩しさに目を覚ますと僕は泉の辺に仰向けに倒れていた。


 どうやら「僕の意識がここで自殺に失敗した青年の肉体に移った」らしい。枝にぶら下がった千切れた縄と、湖に映る記憶の中の自分とは異なる顔からそう思うことにした。

 説明が雑?僕は今、あの気持ち悪い主人から解放され、こうして服を着て外を歩けていることに感動していているんだ。その他のことは些細なことだ。


 これまで主人の趣味で栄養も十分に得られず細く小さくあったあの体とは違う、健康な肉体だ。

 どこまでも走っていけそうな気がした。実際には泉を半周してまた倒れた。


 さて、これからどう生きて行こう。

 自殺するようなやつの体なので、どう使っても自由であろうが、自殺の理由もわからないので下手に人前に出て何かに巻き込まれたくもない。少し様子を見たい。

 しかし食べ物の確保はしなければならない。


 悩みながらあたりを見回すと、5mほど離れた木の枝にリスのような小さな動物を見つけた。

 アレは捕まえれば食べられるんだろうか。そう思いながら目を凝らすと、突然その動物の周りに緑の円が表示された。


 結構な距離があるにも関わらず何故だか捕まえられそうな気がした僕の口が勝手に「テイム」と発声した。この体に残された記憶だろうか。ともかくそう口走った途端、リスのような動物はビクンと体を動かしたかと思うとこちらへ走ってきた。


 リスのような動物は、僕の足に頭を擦り付けてきた。

 かわいいやつだ。しゃがんで手に乗せ、頭をなでてやると嬉しそうにしているように見える。

 どうやら僕はこの動物を手懐けることに成功したらしい。テイムとは魔法だろうか。


 目覚める前にも主人が何か魔法を使っているところを目撃したことはある。

 魔法は「魔」の「法」であり忌み嫌われる。以前の主人はその奴隷趣味とも合間って世間からも距離を置かれていた。

 もしかして僕もこの体なら魔法が使えるのか。

 嬉しくなってその後何匹も動物をテイムした。


 森の中をだいぶ歩いたが、この森の動物は気性の穏やかなものが多いようで、特に危険を感じることはなかった。幸運なことだ。

 手懐けた動物たちは食べられる木の実や茸のある場所を教えてくれた。身体を撫でてやると嬉しそうにこちらに身体を擦りつけてくる。動物によってはお尻をこちらに向けてくるのには少し対応に困った。


 テイムの魔法の副産物で、当面の食料問題は解決した。

 夜寝るときにも動物たちが近くにいてくれるので寒くなることはなかった。

 最初の数日は夜行性の凶暴な動物にも注意していたが、そういったものが現れる気配はなかった。


 動物たちはみな優しく、僕を好いてくれている。

 僕も動物たちを愛しく思う。

 これまで誰からも、両親からすらも本当の愛情を受けたことがない僕にはこの数日は天国のような日々だった。

 奴隷として死んだはずの僕に神様が与えてくれたご褒美だろうか。


 自由を満喫していると、ある日一人の少女が泉に近づいてきた。

 動物たちが身を隠すので、僕もあわてて身を隠した。


 少女はとても可愛らしく、髪は長く薄い金色をし、耳が長く尖っていた。

 確か一時期こういった耳の形をした男の子が奴隷として一緒に仕えていた。

「エルフだ。」

 思わず声を出してしまう。


「誰?」

 女の子が体をこわばらせながらこちらを睨むので、僕は両手をパーにして挙げ敵意がないことを示しながら姿を見せる。

「ごめん、驚かせたかな。」

 女の子が警戒を解く様子はない。

「僕は訳あって数日前からここで生活しているんだ。君もよくここに来るのかい?」

 僕のことを怪しんでいるのが表情でわかる。

「私がここに来たのは初めてよ。アウンデンに滞在しているの。不思議な森があったから様子を見に来ただけ。」

 アウンデンとは街の名前かな。不思議な森とはどういうことだろうか。

 気になることはあるが、女の子にいつまでも気味悪がられているのはあまり気分が良くないので一度去ることにした。

「ほんとごめんね、驚かせて。僕はあっちに行くことにするよ。」

 そう言ってあるき出そうとすると、呼び止められた。

「待って。あなた何日かここにいるのよね?少し話を聞かせてもらえない?」


 彼女はこの森について色々と質問をしてきた。

 どんな動物を見かけたか、変な様子はなかったかなど。

 どうやら彼女はこの森でまだ動物を見かけていないらしい。それが不思議と評価した理由だろうか。

 いくつか質問に答えたところで、僕も世情についていくつか聞かせてもらった。

 その際に記憶喪失と説明したら更に警戒を強めることになってしまったが、何度か問答を重ねるうちに、少しは信じてもらえたようだ。


「あなた、まだこの森にいる?なら明日も来るわ。」

 そう言って彼女は陽が傾く前に森を出ていった。

 彼女が去って暫くすると、動物たちが再び姿を現した。

 エルフは森の民と聞いていたが、動物には好かれないのだろうか。そう思うと若干の優越感が湧いた。


 翌日も彼女は現れた。

 もちろん動物たちは姿を隠している。

 彼女は政治的な理由でアウンデンへと招集された父親に連れてこられたが、街の喧騒は苦手だし部屋では退屈なのでこのあたりを歩いていたということだ。


 記憶喪失であることを信じてくれたのか、彼女は僕に世界のことを色々と話してくれた。

 記憶喪失というのは嘘ではあるが、元々幼い頃から奴隷だった僕は、元の僕の体があった世界のことすらほぼ知らないままに生きてきた。すべてが新鮮だった。

 小さなことでも驚く僕に気を良くしたのか、日が経つに連れて彼女は饒舌になっていった。

 明るいうちの短い時間だが、彼女と話をするのはとても楽しかった。


 半月ほど経っただろうか。

 彼女は突然「今日で最後なの」と僕に告げた。

 これまで見た中で一番上機嫌に見えるのが少し寂しく感じた。

 「あなた、一緒にこない?」そう誘ってくれないかな。僕は有り得ないだろうセリフを期待していた。記憶喪失で何もない僕にそんなセリフが向けられるわけがないのに。


 そんなことを考えていたからだろうか。今のただ一つの僕の取り柄ともいえる魔法について話したくなってしまった。

 僕のほうが君より凄いところがあるんだぞ。そんな小さな自慢をしたくなってしまった。少しでも僕のことを見てほしいと思ってしまった。


「結局この森で動物を見ることはなかったわね…。不思議な森…。」

 ふと、彼女が漏らした言葉に

「実はね…」

 僕は動物たちを呼んだ。

 姿を現すことに抵抗のあった動物たちだが、僕が呼びかけることで姿を見せた。

 動物たちは僕を囲むようにして並ぶ。

「ここの動物たちは僕がテイムしたんだ」


 どう?すごいでしょ。

 自慢げに彼女を見ると、彼女の顔は恐怖に青褪め、次第に怒りの表情に変わっていった。

「あなた、自分が何をしたかわかっているの?!」

 期待していた尊敬の眼差しはなく、ゴミを見るような冷たい視線に刺された僕は何のことか理解もできずに困惑するしかできない。


「え…?なにが?動物たちはこんなに僕のことを好いてくれているんだよ?すごいでしょ?」

 そんな僕に彼女は声を荒げて言う

「あなたにはそれが愛情に見えるの?!おかしいと思った!森に動物たちの気配はあるのに姿も見えず、森の声も聞こえなかった!あなたが滞在することで警戒心を強めているのかと思っていたけど違った!あなたが森を殺していたのね!」


 森を殺す?どういうこと?僕は動物たちと仲良く暮らしていただけなのに。動物たちは僕のために尽くしてくれる。食べ物も、住処も与えてくれた。僕も動物たちも愛情に溢れていると思っていた。違う?どこが?

「あなたのそれは愛じゃない!支配よ!その動物たちの心はもう死んでいる!…気持ち悪い!」

 彼女は涙を流しながら森の外へと走り出す。


「ち、違うんだ!待って!」

 そんなつもりはなかった!いけない、まって!弁明を!

 彼女を

 そう思ったとき、視界に緑色の円が現れ、口が、喉が、声帯が、勝手に声を発していた。

「テイム」


 次の瞬間、急激に走るのをやめた彼女はガクンと体勢を崩し倒れかける。

 そして振り向き、涙の残る目をにこやかに細めながらこちらへ向きなおり、駆け寄り、抱きつき、僕を呼んだ。「ご主人様」と。


 そこから彼女は変わってしまった。

 これまでの、どこか自分が優位であるという余裕のあった表情は消え、僕に対して媚びるような笑顔を向けてくるようになった。

 何か問かければ僕が喜ぶだろう返答を機械的に返すようになった。

 何度も僕に抱きついたり、僕の体をいやらしく触るようになった。

 これが彼女の言っていた「心を殺す」ということだと、僕はやっと理解した。


 そうだ、冷静に考えれば動物たちが僕を好く理由なんか何一つないじゃないか。そもそもテイムの魔法を使ったから寄ってきてくれたのに。

 僕はそれを勝手に愛情の芽生えと思っていた。でも違った。支配だったんだ。


 頭の中にこの森での一月あまりの記憶が蘇る。

 僕が愛情に満ちていると思っていた世界は、僕が一方的に支配した独善的な世界だったのだ。

 絶望した僕の目からなみだが溢れてくる。


 そんなことに構わず、目の前の彼女は僕の体の一部を触ってくる。

 服を脱ぎ、露わになった上半身を僕に密着させながら呪われた言葉を告げる。


 それは奴隷時代、僕が毎晩のように主人に告げていた言葉。

 心では思ってもいない、ただ相手を満足させるためだけの言葉。


 それは一度体を壊されて死んだ僕の心も壊すのに十分すぎる力を持った呪いの言葉だった。


 -----


 わたしは気がつくと森の入り口に立っていた。

 少し記憶が飛んでいる。

 名前も知らない彼からテイムの魔法について聞かされて、走って逃げて来たはずだ。

 なぜ立ち止まっているのか。慌てて後ろを振り向く。

 そこには自然な森の姿があった。


 森が本来の姿に戻った。

 ならばきっとそういうことだろう。

 私は半月ぶりの郷へと帰るために、まず街へと歩みを進めた。

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