第9話 八王子先輩と私の同棲生活

 前回までのあらすじ。

 私――村崎むらさき薫子かおるこは、会社の先輩であり恋人の八王子はちおうじ秀一しゅういちとデートの帰りにホテルに泊まることになり、快楽責めされているうちにいつの間にか同棲する約束をしていた。何を言っているか分からないと思うが私も何が起こったのか分からない。


 というわけで、月が変わる頃には私は先輩が手配した引越し業者に荷物を運ばれ、一人暮らしのアパートを引き払って先輩のマンションに移ることになった。荷物を整理してなるべく減らしたり転居届の手続きをしたり、なかなかに忙しかったので先輩はホントそういうとこ配慮が足りない。

 先輩の暮らすマンションはファミリータイプらしく、いくつか部屋が余っていたので、そのうちの一つを私の個室にしてもらうことになった。なんで一人で暮らしてるのにわざわざファミリータイプ? とは思ったが、要は先輩は片付け下手なのだ。余っている部屋が二つほど物置にされているうえに居間も雑然としているのを見て悟った。

「俺の家に来たの、家族以外だと薫子さんが初めてだよ」

「そりゃこんな家に他人は呼べないでしょうよ」

 私は額に手を当てながらため息をつく。

 これからは私がこの家の掃除をせにゃならんのか?

「薫子さんも、部屋に入りきらない荷物とかあったら物置に置いていいからね」

「その物置も物がいっぱいだから荷物が入らないんですけどね」

 よし、まずは物置の整理から始めよう。

 私は持ち込んだエプロンと三角巾を身につけて、後ろで気合いを込めてキュッと結んだ。

「先輩、要らないものがあったら言ってください」

「え、全部要るから置いてるんだけど」

「じゃあ私が残すかどうか訊くので少しでも迷う素振りを見せたら捨てますから」

「えぇ……」

 そんな感じで、その日は一日中物置の掃除と自室の整理に追われた。ゴミ出しとか重いものの移動は先輩が手伝ってくれたので助かった。

「ふう……」

 夕暮れ時、私はお風呂に入って身体の汗と埃を落とし、一息ついた。もうクタクタだ。

「お疲れ様。ごはん出来てるよ」

 先輩が夕食を作ってねぎらってくれた。

 わかめと豆腐のお味噌汁に、お醤油を垂らしたネギトロと、鶏のもも肉の照り焼きはご飯が進む。思わず勢いよくかきこんでしまった。

「先輩って意外とお料理お上手なんですね」

「俺に対してどんなイメージ持ってたの?」

「物置の様子からして、家事が全く出来ないタイプかと」

「それは反論できないな」

 八王子先輩は笑いながら肩をすくめた。

「ありがとね、薫子さん。ずっと整頓できてなかったから助かったよ」

「どういたしまして。せっかくですし、二人で住むと決めたなら家事の役割分担も決めちゃいましょうか」

 ひとまず掃除は私がやるとして、先輩には料理をお願いした。その他の役割分担も二人で話し合って決めた。

 話し合いが終わった頃には、すっかり夜であった。

 その後、テレビをぼんやり見ていると、お風呂から上がった先輩がタオルで頭を拭きながら歩いてくるのが視界の端に見えた。……上半身は裸のまま、パジャマ代わりのスウェットを履いている。

 先輩のほうを見ないように、テレビに集中しようとすると、先輩は私の座っているソファの隣に座って、私の肩に頭を乗せてくる。

「……なんですか」

「いや? なんで俺のほう見ないのかなと思って」

「家の中とはいえ、服はちゃんと着てください」

「裸なんて見慣れてるんだから、今更恥ずかしがることでもないでしょ」

「そういう問題じゃ――」

 言いかけた途端、私の視界がグルンと回って、後頭部がソファの肘掛に置いたクッションに当たる。押し倒された、と気付いた時には目の前に先輩の顔があった。電灯で逆光になって、影で暗くなった先輩が獣のような眼光で微笑んでいる。

「同棲っていいよね、わざわざホテル行かなくても毎日薫子さんが抱けるし」

「……最初からそれが狙いでしたか」

「そういうわけでもないんだけど……まあ否定は出来ないよね」

 眉間に皺を寄せる私に、先輩は軽く口付けする。

「愛してるよ、薫子さん」

「先輩の言葉って、なんか軽いんですよね」

「ふふ、手厳しいな」

 このあと、もちろん先輩に美味しくいただかれた。


〈続く〉

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