第8話 八王子先輩と私のデート

 私――村崎むらさき薫子かおるこが、恋人の八王子はちおうじ秀一しゅういち先輩とデートの約束をした、その週の土曜日。

 私たちは『デスティニーオーシャン』に来ていた。

 デスティニーオーシャンとは海に囲まれた人工的な小島に作られた遊園地だ。『運命と奇跡の国』というキャッチコピーで国内でも有名なデートスポットである。大人向けのリゾート地といった感じで、園内の店によってはお酒も提供している。デスティニーオーシャンを外側からぐるりと一周するクルーズ船なんかもあって、海と島の景色を見ながらカップルでゆったりとする楽しみ方が人気らしい。

 カップル……カップルか……。そういや私、八王子先輩と恋人なんだよな、一応。

 そろっと八王子先輩の顔を見上げると、私の視線に気付いた先輩がニコッと笑いかけてくれた。なんだか急に恥ずかしくなってきて、バッと前を向くが、手に指を絡められ、いわゆる恋人繋ぎになるのが感覚でわかった。

 ……今更、何を恥ずかしがっているのだろう。私たち、散々やることやってるじゃないか。

 何度もホテルに連れていかれて、何度も抱かれて、身体を重ねて。

 むしろ恋人なのに今までデートとか恋人らしいことをロクにしていなかったから改まってこういうことをすると妙に気恥ずかしい。

「じゃ、行こっか」

 八王子先輩がそう言って、繋いだ手をそっと引いた。なんだかこれからエスコートされるって感じがする。さすが『営業部の王子様』、こういうのは手馴れているのだろう。

 デスティニーオーシャンのある小島へ向かうには、一本だけある頑丈そうな鉄橋を機関車で渡る必要がある。以前テレビの特集で見たが、本物の蒸気機関を使っているらしい。

「潮の匂いが気持ちいいね」

「はい。波の音も心地いいです」

 匂いフェチの先輩は海の匂いを、声フェチの私は海の音を楽しむ。それぞれ楽しみ方は違うけれど、お互い穏やかに微笑みあっていた。

 ……なんでだろ、今日の先輩優しい感じがする。

 普段の先輩はいつも意地悪な笑顔を浮かべて私を(性的に)いじめるのに、いま目の前にいる先輩は正真正銘の王子様みたいだ。

 蒸気機関車は汽笛の音をあげて、真っ赤に塗装された鉄橋を進んでいく。機関車に揺られる音も気持ちがいい。機関車に並走するように、カモメが鳴きながら飛んでいるのが見える。

 今日は快晴だし、先輩も優しいし、いいデート日和になりそうだな、と私は青く輝く海を見ながら思った。


 デスティニーオーシャンの園内に入ると、入口――機関車の降り口では着ぐるみたちが待ち受けていた。

「わあ、うんめぇくんにキセキちゃんだ!」

「なにそれ」

 私が子供のように歓声を上げると、先輩はあまり興味無さそうな顔をする。

 いや、デスティニーオーシャンに来るならキャラクターの勉強くらいしてきてくださいよ……。

 うんめぇくんとキセキちゃんはこのデスティニーオーシャンのマスコットであり、主役級の人気者だ。この二匹は猫をモチーフにしており、名前の由来はもちろん『運命と奇跡の国』から命名されている。イベント以外でこの二匹に同時に会えるのはまさしく奇跡的な確率である。

 うんめぇくんは私たちに近づくと、歓迎のしるしであるかのようにハグしてくる。先輩にはキセキちゃんがキスしている。先輩は「やめろ」と言いたげな顔をしているが、喜んでいる私の手前、我慢しているのだろう。

「せっかくだし、写真撮る?」

 先輩はスマホを私達の前で掲げて、自撮りを撮った。

「あとで写真、送ってください」

「いいよ」

 先輩はスマホをズボンのポケットにしまうと、また私の手を取る。

「じゃ、そろそろ中に入ろっか」

 先輩は、なんだか早くこの場を離れたいように私には思えた。

「……先輩、もしかして着ぐるみ苦手ですか?」

「いや? 薫子さんに気安く触るからちょっと嫌だなとは思ったけど」

 ……。

 私は赤くなった顔を隠すようにうつむいて、先輩に手を引かれていくのであった。


 デスティニーオーシャンの園内に入ると、小島と聞いていたが思ったよりもずっと広い空間のように感じられた。

 人がたくさんいるが、機関車に一度に乗れる人数が限られているためか、さほどゴミゴミしていない。ジェットコースターなどのアトラクションの近くを通ると、ワーキャーという歓声が聞こえる。

「薫子さん、何か乗りたいものある?」

「そうですね……」

 私は声フェチなせいか、耳が敏感である。あまり大きな声や音が発生しないアトラクションがいい。

 先輩にそう伝えると、「じゃあまずはゆったり行こうか」と、大きな観覧車を指さした。

 近くまで寄ると、本当に大きい。なんでも、頂上まで二十メートルあるそうだ。島全体を見渡せると聞くと、なんだかワクワクする。

 しかし、私は観覧車が一度乗ったら逃げ場のない密室だということを忘れていた。

 観覧車に乗ってしばらくガラス張りの窓から外を眺めていると、不意に先輩に抱きしめられた。

「先輩……?」

「……遊園地って、意外と二人きりになれる場所少ないね」

「んっ……」

 我慢の限界だったらしい先輩に、無理やり唇をこじ開けられる。ヌルッと舌が入ってきて、数秒ほど私の舌と絡み合った。

「……なに遊園地でさかってるんですか先輩」

 先輩の額を手で押して、私はやっと解放された。この頃には私もキス程度で慌てるほどウブではなくなってきていて、ジト目で先輩を睨みつける。

「だって……薫子さんが可愛いから……」

「へえ、先輩はそうやって女の子を落としてるんですね、参考になります」

「本心なんだけどなあ」

 苦笑した先輩がフッと私の耳に息を吹きかけると、耳が敏感な私はビクッと震える。

「俺のためにオシャレしてきてくれたんでしょ? 可愛いよ、今日の薫子さんも」

「も、もう……」

 本心から褒められていると感じて、私はまた赤くなって俯いてしまう。しかし、先輩は私の顎を持ち上げて無理やり上を向かせ、またキスしてくる。

 観覧車では、島の景色を眺めるどころではなかった。


「クルーズ船、楽しかったですね」

「薫子さんが喜んでくれてよかった」

 閉園前の夜のパレードを見終わり、私たちは島から出る機関車に再び揺られていた。

「汽車から降りたら急がないと、終電逃しちゃいますね」

 私が腕時計を見ていると、

「終電のことは気にしなくていいよ、この近くにホテルを取ったから」

 と、先輩がにこやかに言う。

「……」

 ――いや、正直そんな予感はしていた。

 土曜日にデートしたということは、明日は日曜日で会社は休みなわけで……。

 私はまたこのパターンか、と密かに溜息をつきながら、先輩の手を取って機関車を降りたのであった……。


「はっ……薫子さん、可愛い……、」

「ぁ……っ、や……っ」

 ホテルの部屋に着いた途端、先輩は性急だった。

 後ろから抱きつかれ、首すじに唇を寄せたかと思えば、あっという間に脱がされ、ベッドに押し倒され……。

「せんぱ、となりにきこえるからぁ……っ」

「我慢しなくていいのに……」

 先輩が私の足を広げて間を見始めたので、私は慌てて足を閉じようとするが、男の力で足を押さえられていては動かせない。

「濡れてる」

「そういうの、言わなくていいですからっ!」

 私は顔に熱が集まっているのを感じた。

「やっぱり、ここら辺が一番匂いが強いかな……」

 先輩がペロッと舌なめずりする。

 ま、待って、まさか――

「ちょ、ちょっと待っ――ひゃあっ!?」

 今までにない快感が電流のように走って、私は身をよじる。

「あっ、あ、」

 あとはもう先輩のなすがまま、手の甲を口に当てて我慢しようとするが、快感に耐えられない。

 気付くと先輩は身を起こしていて、代わりに異物感が私の腹に入り込んでいた。腹の中で異物がこすれて、思わず声が漏れる。

「――ね、薫子さん。よかったら俺と一緒に暮らさない?」

「はぇ……?」

 ぼんやりする頭で、先輩の言ったことが上手く理解できない。

「はいって言って」

「えぇ……? ちょ、ちょっと待って……」

「いいから」

 先輩が異物を奥に進ませて、ゴリッと腹の奥に異物が当たる。

「ひっ……」

「ほら、早くはいって言って」

「わ、わかった、わかりましたからぁ……っ!」

「いい子いい子」

 なんだか分からないまま、先輩が嬉しそうに笑う。

「はい」と言えばやめてくれるのかと思ったが、先輩は異物を抜いてくれない。代わりに耳をグチュグチュと舐められた。

「ひぃっ……!」

 脳内に響く音の快感と、腹が痺れる快感がないまぜになって、もう何がなんだか分からない。

 私はそのまま頭が真っ白になった。多分気絶した。


「え、一緒に暮らすって、つまり同棲ですか……?」

「それ以外のなんだと思ってたの?」

 いや、だから意味がわからないまま先輩にかされたんですけど……。

 気絶から息を吹き返した私は、先輩の同棲の申し出に困惑していた。しかし、「はい」と言ってしまった以上、もう取り消すことは出来ない。

「帰ったら早速引越し業者の手配しとくね。来月までに荷物の整理しといて」

「は、はぁ……」

 私はわけがわからないまま、トントン拍子に引越しの準備をする羽目になったのである。


〈続く〉

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