第拾弐話【 武士道 】

 ロウガは山を駆け下りると、抜け道を通りぬけ、

 西の里の中へと、迷うことなく飛び込んでいた。





「なんだよ、これ……」


 西の里の惨状は、言葉に出来ないものだった。

 女、子供は捕まり、捕虜のように酷く扱われ、

 里の至る所から、メラメラと火の手が上がる。


「せ、刹那は……。刹那は、どこだ……」


 ロウガが周囲を気にも止めずに、急いで刹那を探す。

 すると、捕虜たちを捉えていた兵士の一人が気づき、

 ロウガを目にした途端、腰に備えていた刀を抜いた。


「──貴様、止まれッ!!!」

「──うるせぇ、邪魔をするなッ!!」

「グハッ……」


 切りかかる兵士を、壁を伝って一瞬で蹴り飛ばす。

 それと同時に、周囲の兵士たちが一斉に刀を抜く。


「──全兵ッ! 奴を殺せッ!!」

「どいつも、こいつも……。人間如きが、群がりやがって──」


 ロウガは壁を駆けると、兵士たちを次々と薙ぎ払い、

 敵の刀を奪い取っては、素早く返り討ちにしていく。

 すると、離れたところの兵士たちが長い筒を構えた。


「全兵、構え……。──放てェェッ!!」

「──ッ!?」


 兵士たちが一列に並び、爆発音と共に鉛玉を放つ。

 それを全身に浴びるも、ロウガは決して倒れない。


「──なっ!?」

「なんだ、コイツ……」



『 どうした、もう終わりか……? 』



 全身の傷を修復しながら、ロウガがギロッと睨みを利かせる。


「き、傷が……。治って……」

「バ、バケモノか……?」

「命を狩るなら、狩られる覚悟も出来てるんだろうなッ!!!」


 そして、あっという間に残りの兵士をたった一人で全滅させた。


「どうか、お助けを……」

「ママ、怖いよぉ……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 怯える捕虜たちを見て、ロウガが奪った敵の武器を投げ捨てる。


「おい、お前……」

「はいぃ、ごめんなさい……」

「生かしてやるから、質問に答えろ」

「な、なんでしょうか……?」


 震える女性に御面を外して見せ、そのまま質問を続けていく。


「お前、刹那という女を知ってるか?」

「……せ、刹那さまですか?」

「──知ってるのかっ!?」


 捕まっていた女の言葉に、ロウガが目を見開いて問う。


「え、えぇ……。まぁ、はい……」

「……刹那は、今、どこにいる?」

「分かりません。ですが、恐らくはもう、敵本隊に捕まっているかと……」

「……ここにはいないのか?」

「おりません。敵軍の目的は、刹那さまを連れていくことですので……」

「敵軍の目的が、刹那……? それは、どういうことだ?」

「どういうことと言われても、刹那さまは、大名の娘さまですから……」

「刹那が、この里の大名の……娘?」


 その女性の告げた言葉を聞いて、ロウガは思わず言葉を失い、

 数日前に神楽が話していた、争いの原因となる話を思い出した。



























 「 初めは、東の国の大名のワガママな息子が、


       『 西の大名の娘が、自分の嫁に欲しい 』と、


            自分の親に言ったのが、キッカケやそうやわ 」



























    ( なら、このいくさは……。初めから、刹那を奪う為に…… )



























  その一瞬で全てを悟ったロウガは、その場を後にし、


         火の手の間を抜けながら、西の里の屋敷へと向かった。



























 時は遡り、ロウガが山を駆け下りていた頃、

 刹那は護衛と共に、屋敷を逃げ回っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「姫を捉えろっ! 決して傷は付けるなっ!」


 数人の兵士たちが、逃げる刹那の後を追う。


「姫さまっ! この中へ、早くっ!」

「喜助、あなたも一緒に……」

「いえ、わたしはここで、奴らの足止めを致しますっ!」

「──喜助、喜助ッ!!」


 一番奥の部屋に刹那を入れ、護衛の兵士が扉を塞ぐ。


「ここから先は、何人たりとも通しはしないッ!」

「姫以外は殺して構わぬ、殺れッ!!」



「「「 ──ウオォォォォッ!!!! 」」」



「我、赤松 喜助……。いざ尋常に、推して参るッ!!」


 護衛の兵士は刀を握ると、敵軍の中へと飛び込んでいった。



 ☆☆☆



 しばらくして、刹那の前を塞ぐ奥部屋の扉がゆっくりと開く。


「き、喜助……?」


 その瞬間、数人の敵軍が最奥の部屋の中へと侵入する。

 その後ろには、血を流し倒れた刹那の護衛の姿があった。


「──き、喜助ッ!! そんな、あなたまで……」

「……ひ、め……さま……」


 地に伏せた護衛の姿を、敵の将軍があえて刹那に見せつける。


「もう逃げ場はない。大人しく、我々と来てもらおう」

「いや、いや……いやああぁぁぁぁぁっ!!」


 涙を流しながら、声を上げて泣き崩れる刹那の身体を、

 敵の兵士たちは構うことなく、力ずくで取り押さえた。



























      ──その瞬間、倒れていた護衛が再び立ち上がる。



























「──ッ!?」

「姫を、守る……。例え、この身を賭してでも……」


 全身に何かの黒い術式のような跡がくっきりと現れ、

 その武士の右手には、一つの巻物が強く握られていた。


「喜助、それは……ダメよっ! それを使ったら、あなたがっ!!」

「今、助けます……。姫さま……」


 全身から血を溢れさせながら、護衛が両手で刀を握る。


「なんなのだ、貴様は……」

「我は、赤松あかまつ 喜助きすけ……。刹那姫さまの、護衛であるッ!!!」


 その宣言と共に、護衛は目にも止まらぬ速度で走り出し、

 刹那を取り押さえていた敵兵たちを、一瞬で切捨てていく。


「グハッ──」

「──おのれぇぇ!!! ガハッ──」


 将軍以外の兵士を切り捨て、護衛が敵の将軍を見つめる。


「貴様は、いったい……」

「姫を、姫さまを……」

「貴様……。それだけの血を流して、なぜ立てる……?」


 フラフラとした足取りで、必死に刀を握る護衛。

 その必死な姿に、刹那が涙を流し言葉を失くす。


「──うおぉぉぉぉぉぉぉおおおおっ!!!」

「──ッ!!」


 唸り声を上げながら、護衛が敵の将軍に切りかかるも、

 それと同時に、悲鳴を上げていた護衛の足の骨が砕けた。


「──ッ!?」

「──ッ!?」


 刃を交える間でもなく、喜助は床に倒れ込み、

 ボロボロになった肉体は、その動きを止める。


「そなたの武士道、見事……。敵ながら、あっぱれだ……」

「──喜助、喜助ッ!!」

「……ひ、め……さ、ま……」





 刹那の泣き叫ぶ表情に、必死に手を伸ばしながら、

 護衛は最後まで意志を貫き、その瞳を静かに閉じた。

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